昭和の気仙沼柏崎

1月28日のブログで、地域情報誌〈浜らいん〉のカレンダー〈昭和の気仙沼風情〉を紹介しました。本日紹介するのは、その3月4月分の写真です。

昭和の柏崎

昭和40年代はじめ頃の柏崎(かしざき)付近。なつかしいねえ。現在、柏崎の崖の上には気仙沼プラザホテルが、その下には〈お魚いちば〉があります。右側の工場風の建物の場所に渡辺謙さんの〈k-port〉があるのではないでしょうか。そのまた右側が、〈復興屋台村気仙沼横丁〉。

柏崎にホテルができたのはいつの頃か。『気仙沼文化史年表』には、昭和48(1973)年7月7日 気仙沼プラザホテルオープン、そして平成3(1991)年3月31日 柏崎にホテル気仙沼プラザ開業とありました。このふたつの記述の違いがなんだったかよく思い出せないのですが、現在の建物になったのが平成3年ということでしょうか。

私の記憶によれば、柏崎でプラザホテルの経営を始めたのは、唐桑・鮪立(しびたち)の旧家〈古館/こだて〉鈴木家です。そして、その後の詳しい経緯は知りませんが、ホテル観洋も営む阿部長商店がその経営を継承しました。同社のホームページによれば平成18年のこと。

中学生の頃、魚町から魚市場のほうに行くときは、あの柏崎の下のたいして広くもない道路を通っていきました。写真にうつっているオイルタンクは気仙沼商会のものだったと思います。そんなこんなを思い出させる、この柏崎の写真。多くの人をのせて唐桑や大島から来たであろう汽船も懐かしく、まさに〈昭和の気仙沼風情〉を感じさせる一枚です。

1月28日ブログ「昭和の気仙沼風情」
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 浜らいん

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No title

小田先輩、お晩です。21期卒業生のm-soneです。
今回も懐かしい写真を見せてもらいました。どうもこの手の写真には即反応する習性が私にはあるようです。荒々しく岩肌がむき出しの柏崎は、まさに古き気仙沼の荒削りな気性を表しているようで、とても感じ入ります。私の思い出は、この柏崎を化石採集のため小学校の授業の一環で課外活動したこと、そして父や大人達と一緒にまだ小学生の私が、柏崎の崖を崩した後の砂利をトラックに積んで、内の脇のまだ田んぼだった土地を埋め立てたことです。
古舘さんの家と荒縄工場は柏崎のすぐ下にありました。何しろ注文された刺身の配達に何度も小学生の私は訪れているので、それなりに思い出深いものです。(三)

Re: No title

m-soneさん、いつもありがとうございます。コメントに気付かずにおり失礼いたしました。
〈この手の写真〉に反応するのは私も同じです。なんなんだろうね、還暦世代の郷愁癖でしょうか。
21日の昭和27年の内湾写真はいかがだったでしょうか。旧魚市場のあの角度からの写真は珍しく、私はしびれました(笑)。
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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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