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追悼大瀧詠一さん

12月30日に大瀧詠一さんが亡くなったとのニュースには本当に驚きました。65歳でした。ちょっとだけ思い出話を。

私が気仙沼高校3年生の頃、〈ロックを日本語で歌えるか〉という論争があって、ラジオ番組などで賛否両論が展開されていました。私が〈はっぴいえんど〉を知ったのもその頃だと思います。資料を見ると、1969年に細野晴臣さんが参加していたバンド〈エイプリル・フール〉を解散し、〈ヴァレンタイン・ブルー〉を結成します。そこに大瀧さんも参加。翌70年にはバンド名を〈はっぴいえんど〉へ変更しています。

そして、私が大学に入ってからさんざん聴いたアルバムが〈1973/9/21 ライブ はっぴいえんど〉。はいからはくち/夏なんです/氷雨月のスケッチ、などで始まって、かくれんぼ/春よ来い、で終わります。タイトルを見ているだけで、大瀧さんらの歌声が思い出されます。

1975年、大瀧さんは〈ラジオ関東〉(現ラジオ日本)で深夜放送「ゴー!ゴー!ナイアガラ」をスタートします。私は大学4年生。ラジオ関東は電波状態が悪いと聴き取りにくいこともありましたが、アメリカンポップスだけでなく日本のポップスや歌謡曲、そしてトニー谷やクレージーキャッツまでもが、大瀧さんの膨大なレコードコレクションから紹介されるのです。

私はこのラジオ番組をたまに録音しておりました。いまも手元に5本のカセットテープが残っています。つぎの写真はそのひとつ。

カセット
「ゴー!ゴー!ナイアガラ」1982年1月4日放送分。

これら1982年から83年にかけてのカセット、私は〈ラジオ関東〉の番組録音と思っていたのですが、ネットで調べてみたら違っていました。1979年からは放送曲がTBSに変わっています。本当に私の記憶はあてになりません。

しかし、この30年前のテープにはどんな特集が録音されているのか。聴いてみようと思ったのですが、カセットレコーダーはずいぶん前に故障し捨ててしまったことを思い出しました。新たに中古のウォークマンでも買うかどうか。

そんなこんな、新年早々、思案のしどころです……。少し落ち着いたら、1981年リリースの名盤『A LONG VACATION』を聴いて、往事を偲ぼうかと。

大瀧詠一さんのご冥福をお祈りいたします。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 大瀧詠一

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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