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鮪立の風景を思う

24日に鈴木修君からメール着信。修君は、気仙沼高校の同級生(気高22回)で唐桑・鮪立(しびたち)出身、在京同年会〈けせもい会〉のメンバーでもあります。本日はそのメールを紹介します。件名は〈我がふるさと、気仙沼鮪立の防潮堤は……〉。

「今朝の読売新聞に唐桑・鮪立& 気仙沼内湾の防潮堤の記事が載っていました。記事によると防潮堤の高さについて、県と地元ではまだまだ意見の隔たりがあるようですね。私は外から見ているので無責任なことは言いたくないですが、県はもっと住居の高台移転を進言し、ある程度の景観は残しておいてほしいものですね」

修君のいう読売新聞の12月24日付記事は、〈宮城県は防災面から防潮堤の高さを上げる考えだが、景観への影響などを理由に県内392地区の沿岸のうち25%(11月末時点)で合意に達しておらず、復興への影響も懸念されている〉という内容です。見出しは〈防潮堤 年内合意困難に〜宮城/住民 高さ引き上げ反対〉。

記事の一部を引用します。
「宮城県が目標としている地元住民との年内合意が困難な状況になっている。2015年度末までの完成を目指し、今年中に全沿岸部で合意を得る計画を立てた。しかし、住民側から「景観を損なう」「海の生態系が変わる」などと反対意見が続出。特に水産、観光を基幹産業とする地域で反発が強く、気仙沼市の鮪立漁港では高さ9.9mの案に対し、住民側が「5mに下げるべきだ」との要望書を提出。同市の中心観光地の内湾地区でも、5.2mの案が「海が見えない港はありえない」と批判を浴び、交渉が1年以上続いている。」

引用は以上です。同様の報道は、河北新報や三陸新報などでもなされていますが、全国紙 読売新聞の社会面の記事として掲載されたことの意味は大きいでしょう。そして、鈴木修君のメールはつぎのように続きます。

「添付内容をご覧ください。鮪立漁港の震災前と震災後の写真です。ここに9.9mの防潮堤はいかがなものかと」。
鮪立今昔

鮪立の風景。昔の写真で、道路カーブの赤い三角屋根の家が修君の実家、イオンモール会長の村上教行君の実家も遠くに見えるというのですが、よくわかりません。しかし、津波の前と後の鮪立の風景の違いにはあらためて驚かされます。すっかり津波でさらわれてしまっている。

修君は、〈外から見ているので無責任なことは言いたくない〉と抑制していますが、その気持ち、魚町や南町の内湾防潮堤計画の推移を見守る私にはとてもよくわかります。

昨年の1月にも修君からのメールを紹介しました。

2012年1月17日ブログ「鮪立の鈴木修君」

この昨年のブログで紹介した修君のメールには次の一文がありました。

「この鮪立港の右の奥の船着場から毎日気仙沼高校に通っていました。いつも海岸からこの風景を見ていました。本当に飽きない風景です。この自然を何とか残しておきたいと思うのは私だけではないでしょう」

修君、ありがとう。2月の〈けせもい会〉新年会でまた会いましょう。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 防潮堤を勉強する会

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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