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紫さんのテッカリン

先日のブログで、浜見山や紫神社のことを書いていたときに思い出したのが「てっかりん」。

南町から気仙沼小学校、中学校に向かう坂は、紫神社に沿うようにあったため「紫さん」と呼ばれていました。
私たちが小中学生だったときには舗装もされていない道。いまのぼると結構息切れするような結構な坂です。

この「紫さん」、冬場になると当然のことながら雪が積もります。自動車も少ない当時のことですから。そして、それが気小、気中の生徒の登校で踏み固められていくわけだ。
すると、当然のこととして、スキーのゲレンデよろしく滑るやつが出てくる。そしてそれがくり返されると表面がつるつるの氷状になっていく。これを「テッカリン」と呼んでいたのです。ひかるはおやじのはげあたま的な響きとすべり感がありますね。

この「テッカリン」、ゲレンデというよりは細いスケートリンクみたいなものです。靴で滑ってもいいのですが、ランドセルを尻の下に敷いて滑るのがやはり王道でしょう。

気分はスケートボーダー。「今日のテッカリンは、テリはいいが、カタさがいまいちだな」とかなんとか心でつぶやきつつ、シャーッと滑ります。上から一本、二本、うまくいけば三本目もあったかも。

熱くなって汗かいて、また坂をのぼって滑ったか、紫神社にでも寄ったのか。
今ではよく思い出せません。だいいち、自分はちゃんと滑れたのだろうか。ただ見ていただけかもね。

「テッカリン」。気仙沼でも、さすがにいまは死語でしょう。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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それはタッペンと云いませんでしたか?

懐かしい響き。テッカリン。タッペ

街の人達は、紫さんから帰る。けど…。
私の実家は本町なので、小学校時代の通学路は、なんとも嫌な響きのドロボウ坂でした。
中学になり、カスタキ??だったか、先日のブログにあった山学校の脇辺りの沢から遅刻すれすれで、通学してました。

帰りは、紫さんだったり、沢田だったり、遠回りして帰っていましたね。
小田君のブログを見ていると、遠い記憶が呼び戻されて来ます。
プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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