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記憶の風化

22日の記事にも書きましたが、6月23日は「沖縄戦終結の日」。沖縄では戦没者を悼む「慰霊の日」として、糸満市摩文仁(まぶに)にある平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」が行われました。
その様子を伝える当日夜のテレビニュース、そして翌日の新聞朝刊を見て感じるのは、その扱いが小さいことです。3月10日の東京大空襲についても、最近はいつも同じことを感じます。

今回の大震災のことも、時間の経過とともに忘れ去られていくのだろうか。と、戦争の記憶の風化と今回の大震災を重ねてしまうのです。
しかし、自分はどうだったろうか。そうした沖縄の歴史と現状についてどれだけ知っていたか。東京大空襲についてはどうか。津波でいえば、1993年7月に200人あまりの死者を出した北海道南西沖地震による奥尻島の被害についてはどうだったろうか。

無関心だったとはいいませんよ。ただ、大変だったねと言いつつ、結局は傍観者として暮らしてきたのではないか。しょせん、タニンゴトだ。

4~5年前の8月15日、気仙沼でいまでも忘れられない光景に出会いました。
紫さんをのぼって気仙沼小学校側から墓地に入り、亡くなった門馬亨君(3年11組)のお墓に線香をあげたあと、青龍寺の下に抜けました。
ちょうどその時、正午のサイレンがなったのです。すると、うなぎの扇屋さんの前を歩いていた人が立ち止まり、帽子を腕にはさんで黙祷したのです。その先、石川写真館の前でも同じように頭をたれている人がいます。
そしてそれをみた私も、あわてて黙祷したのです。

間違いなくあの人たちは深く祈っていた。

毎日はむずかしいと思う。ただ、しかるべきときに思いをいたし、深く祈る。タニンゴトとしてではなく。そうありたいと思います。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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