大島になにを残す

11月15日(金)の三陸新報に大島〈宮古屋〉熊谷雅裕君の投稿が掲載されました。気仙沼高校の同級生である雅裕君の巨大防潮堤に反対する投稿掲載はこれで4度目となります。

雅裕投稿1
2013年11月15日三陸新報掲載投稿の一部イメージ

本人の許可を得て、以下に投稿内容の全文を掲載します。


大島になにを残すのか

 先日の投稿に「なぜ奥尻の話をしないのか?」が掲載されました。本当にその通りだと思いました。大島を「夢の島、宝の島」と言っていただき、島民のひとりとして感動、感謝して読ませていただきました。ありがとうございます。
 その大島ですが4日に行われた公民館祭りで「輝け!海とみどりの大島宣言」が採択されました。詳細は6日の三陸新報に掲載されていますので省きますが、長峰教授をはじめ多くの方の協力をいただき、宣言にいたりました。
 その宣言の第一が「大島の海と緑を守っていきます」です。
 「大島には、詩人水上不二がかつて『みどりの真珠』と喩(たと)えたように、美しい海と緑に囲まれた自然環境があります。震災では自然からきびしい試練を与えられました。でも、そのことで自然を恨むのではなく、傷ついた海と緑の自然環境を再生し、再び美しい大島を取り戻します。再生した大島を守っていくことを私たちの使命とします。私たちは大島の自然再生から復興へ向けて一歩ずつ歩み出すことをここに宣言します」と島民の前で中学生が読み上げました。
 自然環境を再生するためになにが必要か。コンクリートで造られる防潮堤は自然環境を破壊することはあっても、再生することはできません。奥尻島だけではなく、全国津々浦々で自然破壊による漁業資源減少が見られます。それにもかかわらず、海岸線をコンクリートで覆ってしまう計画が当然のように進んでいます。
 以前行われた島民アンケートで、防潮堤の建設に対する結果は、計画通りに賛成が1割、反対もしくは見直しが6割、分からないが3割でした。つまり9割の島民が現行案に賛成していません。
 過日、新聞で市内各浜の賛否一覧が出ていましたが、多くの浜で「建設合意」となっていました。しかし合意とされている浜の多くに「俺は反対だ」「聞いていない」「いつ決まったんだ」という声が多いのです。市や県が一方的に説明し、それに対し質問や意見がないと、合意したとされるようですが、出席している多くは、公的な場所で発言することに慣れていない年寄りで、声が出せないのです。仕事を抱える現役世代は出席できず、未来を託す子供たちは参加していません。これでどうして賛成と言えるのか不思議です。
 気仙沼は三陸復興国立公園の中にあり、三陸ジオパークに認定された中にあります。コンクリートの防潮堤を造ることが「復興国立公園」の意味なのでしょうか。コンクリートの壁のむこうにジオパークの地層がありますと観光客に説明するのでしょうか。
 県知事は巨大防潮堤を造ることに、ものすごい使命感をお持ちのようです。なにしろ県の進める防潮堤整備計画には、浦戸諸島(松嶋)の無人島4島も含まれているのです。
 大島も全島で防潮堤が計画されています。さらに大島架橋からの道路計画があります。その道路は海沿いに、浦の浜の高台十字路に来るのですが、なんと9mの高さで建設予定です。そして防潮堤は7mの高さで計画されており、それぞれの部署が一所懸命にそれぞれ造る計画のようです。なにしろ道路と防潮堤の間はどうなるのか、浜への出入りはどうするのかを聞いても答えはなく、遺跡や工事の都合が優先で、今生活している住民の意向は二の次です。
 震災後、「花は咲く」という歌がつくられ、歌詞に「私はなにを残しただろう」「いつか恋する君の為に」とうたわれています。「輝け!海とみどりの大島宣言」を読み上げた中学生に、いつか恋する未来の子供たちに、なにを残したら良いのでしょう
 唐桑から小泉まで、コンクリートの巨大防潮堤で囲われた気仙沼を残すのか、豊かな海に囲まれた風光明媚な気仙沼を残すのか、いま大きな分岐点です。
 私は防潮堤のない、豊かな海に囲まれた「みどりの真珠」を残したいと思っています。

気仙沼市髙井
熊谷雅裕


引用は以上です。なお、気仙沼市髙井という住所は、雅裕君がお母様と奥様3人で住む大島中学校仮設住宅のもの。電話で話す雅裕君の声はいつも元気ですが、この大島を囲もうとしている防潮堤計画には静かな怒りが感じられるのです。

これまで3回の投稿内容を紹介したブログ記事は下記に。

1回目2012年6月20日投稿
2回目2012年8月 9日投稿
3回目2013年2月20日投稿
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 防潮堤を勉強する会 防潮堤 輝け!海とみどりの大島宣言

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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