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なにもなくなって

おとといのブログ「共徳丸の解体終了」に、「鹿折に花を」の世話役のひとり鹿折中学31回生関東支部会の原沢さんからコメントをいただきました。ここに再掲します。

「私たちの小さな活動を覚えていていただいてありがとうございます。 今年はひまわりとカンナ(長野県須坂市からいただきました)を共徳丸の前、新浜町と鹿折駅、ホーマック、浄念寺に植えました。

ブログに記載されていた友の家は共徳丸から駅反対方向に50mほどの距離にあります。 昨年の今頃、その実家跡にじっと座っている友の姿を見つけました。「いつも1時間ぐらいは座ってる」と。

私の実家もそろそろ土台撤去が迫っています。片方の門柱とブロック塀の下段しか残っていませんが、それでも実家を示すものがありました。

共徳丸の解体を契機とし、鹿折の形が変わっていきます。
ほんとに何もなくなっていきます。」

コメントは以上です。

私の実家は気仙沼市魚町のホテル望洋にのぼっていくところ「坂口」にありました。その先は鹿折ですから、本当に身近に感じます。震災後にはじめて気仙沼に帰ったときに、鹿折にも行きました。坂の下り口のちょっと先には何隻もの漁船が打ち上げられ、足元には潮があがっているためその先に進むことができませんでした。何も音がしない不思議な静けさのなかに被災した建物やがれきやがまだそのまま残されていました。それが今ではすっかり片付けられて。共徳丸も。

〈ほんとに何もなくなっていきます〉という原沢さんの言葉、そして、気仙沼に帰ってきては実家の跡に座っていたというお友達の話。せつないです。

2011年8月2日ブログ「鹿折「発見」の日」
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 鹿折中学31回生

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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