俺たちの「がま」

6月19日のNHKスペシャル「昔 父は日本人を殺した~ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦」を見ました。
そのなかに、沖縄の人が逃げ込んだ「がま」の話がありました。

「がま」とは洞窟や鍾乳洞のこと。私たちはこの言葉を小さいころから知っています。

魚町の「おしめさん」こと神明神社浮見堂そばにある大きいがまは「管弦窟」。
昔は潮がひくと2メートルぐらい中に入ることができましたね。ひんやりしてちょっと気持ちが悪い。探検にはいった人が帰ってこなかったとか、どこか遠くの鍾乳洞に通じているらしいという伝説も。いまは海面上昇の影響ですっかり水があがって、当時のおもかげはありません。

私が小学生だったころには、管弦窟の前に砂場がありました。
そこでの遊びのひとつも「がま」です。

砂を盛りあげておいて、そのなかを空洞にします。ゆっくりね。すぐにくずれちゃうよ。側面には小さな穴を残します。
それでは次に、魚町の「なべっこや」で買っておいた「2B弾」に点火してください。そうです、マッチ箱のあの茶色のところでシュッとすります。
急いでそれをがまのなかに入れましょう。そして、穴を砂でふさぎます。
1~2秒後、がまのなかで「ポン」と破裂します。

これで終わりではありません。がまのてっぺんに小さな穴をあけてみてください。そこから、一筋の煙があがるはず。それをながめつつ硫黄のにおいが混じるかぐわしい香りを堪能するのです。

ちょっと物足りないという方は2B弾を2本にしてみてはいかがでしょうか。
上級生になったら「スーパー2B弾」もお試しください。ちょっとお高いのですが、破裂音「ポン」が「ボム」へと変化してさらに楽しめます。
ちょっと長くなりましたが、これが私たちの「がま」体験。

明日6月23日は、1945年に沖縄での日本軍の組織的抵抗が終わった「沖縄戦終結の日」とされています。沖縄戦での全戦没者は20~24万人。沖縄県出身者は12万2000人あまり、そのうち9万4000人が民間人であったそうです。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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