あのひとがいない

ちょっと前の話題になりますが、9月19日付けの三陸新報が、前日18日の〈気仙沼コールセンター〉開所式の様子を報じていました。

株式会社気仙沼コールセンターは、株式会社DIOジャパンの子会社として昨年の9月に設立され、気仙沼女子校校舎を利用して事業開始の準備を進めてきました。そしてやっと態勢が整い、NTT気仙沼ビルでの開所式を迎えることができました。本格稼働後は、ホテルの宿泊予約などをはじめとする業務を行っていくとのことです。

コールセンター
(株)DIOジャパンの報道資料中の開所式の写真。左から(株)気仙沼コールセンター宮内社長、菅原市長、(株)DIOジャパン本門社長、宮城県気仙沼地方振興事務所高橋所長)

私は〈離職者の受け皿へ〉という見出しの記事にある開所式の写真を見て、〈あれっ、生島さんがいないな〉と思いました。いていいはずなのに。以前にもこのブログで紹介しましたが、この気仙沼コールセンターの計画は、生島さんとDIOジャパン本間社長のご縁から生まれたもの。昨年9月の設立のときには関係者と一緒に写真におさまっていました。

考えてみれば、生島さんは古巣TBSのラジオで毎日「生島ヒロシのおはよう一直線」(気仙沼ではTBC東北放送)を担当しています。詳しいことはわかりませんが、平日の気仙沼での開所式には出席が難しかったのでしょう。でも、気仙沼小・中・高一年後輩の私たちはちゃんと知ってますよ。生島さんのおかげでこの日が迎えられたことを。

〈あまちゃん〉に出てた漁協の花巻さんなら、クイーンのフレディ・マーキューリーの格好でこういうでしょう。〈わがるやづだげが、わがればいい〉。ちょっと違うか(笑)。

話は変わりますが、震災直後、2011年3月15日の「生島ヒロシのおはよう一直線」の一部音声がYouTubeにあげられています。当時、生島さんの妹さんの行方がまだわかりませんでした。さまざまな支援、励ましに声をつまらせる生島さん。これを聴くと、私や妻がそれぞれの母親の安否に不安な日を過ごしていたあのころをリアルに思い出します。


TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」音声(約8分)

故郷気仙沼の支援にいろいろと尽力する生島さんの胸中には、この震災のときの思い、悲しみがあるのだろうなと、あらためて感じています。
今日であの日から2年7カ月。

3月6日ブログ「生島コールセンタ」
(株)気仙沼コールセンターHP(オペレータ募集中)
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ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 生島ヒロシ気仙沼コールセンター

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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