魚市場で青春を語る

17日の記事に3年11組の児玉(藤田)道子さんからコメントをいただきました。ありがとうございます。(左の「最新コメント」欄の該当部をクリックしてお読みください)

お兄さん夫婦を亡くしただけでなく、実家も津波で流された道子さんですが、少しは落ち着きましたでしょうか。
しかし、文章を読んで驚きました。弁天町のひとたちは、魚市場の屋上で青春を語り合っていたんですね(笑)。

魚町や南町の中学生はどうだったろうか。やっぱ浜見山でしょうか。

気仙沼小学校の屋体近くの細い道をのぼっていくと少し広い場所がありました。野いちごをはじめて食べたのもここ。ツツジの花もすすったかもしれない。
学校をさぼることを「山学校」ともいいましたね。朝の学校で、誰かの顔が見えないと「なんだあいづ まだ やまがっこでねえのが」と。

浜見山を抜けて少し下ると紫神社に出ます。社のうしろの木から垂れ下がった太いつるで社の屋根におりる学生服姿のターザンを見かけたことも。それと4人乗りのブランコ(っていうのかなあれは)。

浜見山はとっくに削られて宅地となりました。紫神社はきれいになって会館もできましたが、いまは避難所になっています。
気仙沼の若者たちはいま、どこで青春を語り合うのだろうか。魚市場の屋上もさすがにいまは難しいだろうし。

えっ、ジャスコの屋上?
私たちの青春の風景はすっかり変わってしまいました。
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気中20回生支援会

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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