実家をなくした日

3月25日から仙台の兄宅に身を寄せていた母が先日、仙台市内のケアハウスに入居することができました。

私の還暦祝いのときに実家がないとかわいそうと、なんとか魚町でひとりがんばってきた母でした。そして昨年なかばには、ふたりの息子にあまり面倒をかけたくないと、兄夫婦と一緒にケアハウスを見てまわって数カ所を選び、入居を申し込んでいました。結果として一番気に入っていたところに決まったのはなによりでした。兄宅から車で10数分。スープが少しさめるくらいの距離でしょう。

しかし、震災前からの計画だったとはいえ、友人・知人への挨拶のために避難所をたずねることになるとは夢にも思わなかったことでしょう。いまだに、気仙沼に残るみんなのことを思い出しては気に病んでいるようです。

それでも母はまだ恵まれています。自分の命や家を失うこともありませんでしたし、兄はもちろんのこと、義姉さんが本当によくしてくれました。ケアハウスに移った日、母も兄夫婦も別れがちょっぴりつらかったようです。

6月5日には、実家に残していたいろんなものを兄宅に運びました。たとえば仏壇も。
位牌のおさめられた仏壇があってこその実家。その意味では、この日こそ、私が実家をなくした日かもしれません。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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