My橋幸夫メモリ−

NHKドラマ〈あまちゃん〉。今週月曜12日の若き日の橋幸夫さんの登場には驚きました。橋さんが登場すると聞いてはいましたが、こうしたストーリーとは思いませんでした。若き日の橋さんのステージのバックバンドでギターを弾いていたのは、〈あまちゃん〉の音楽を担当している大友良英さんでしたね。芸が細かい。ということで、本日は私の〈橋幸夫メモリー〉。とはいうものの、私の思い出の曲はドラマで歌われた〈いつでも夢を〉ではなくて〈僕等はみんな恋人さ〉。


http://nishim.blog.ocn.ne.jp/sixty/cat10233671/ から拝借
(このブログは懐かしい画像が満載です)


私が気仙沼中学2年生の冬、学校市長選挙がありました。気中(けちゅう)以外の人に説明しておくと、生徒会が〈学校市〉で生徒会長が〈市長〉です。私はその〈市長選挙〉に立候補したというか、させられたのです。校舎内を巡り廊下での〈立会演説会〉をしたり、体育館で全校生徒約1200人を前にしての演説会も行いました。

私はその全校演説会で、3つの公約を説明しました。〈ベルマークを集めてブラスバンドをつくろう〉とかね。そして最後にこう語ったのです。
〈みんな仲良くやっていきましょう。橋幸夫も歌っているではありませんか。僕等はみんな恋人さ〉そして、この演説の〈橋幸夫効果〉か、めでたく当選。この後のことは一昨年のブログにも書いたので、以下に再録。

〈当選後、当時の気仙沼のローカル紙『宮城タイムス』の1面下コラムで「伝統ある気中の学校市長選で、流行歌の一節を絶叫して当選した生徒がいる」と書かれました。その日の朝、校長に呼ばれて「なにかの誤解だから、気にするな」となぐさめられました。私たちが中学2年生、44年ぐらい前のころの話です〉

ドラマ〈あまちゃん〉中の北三陸〈橋幸夫歌謡ショー〉は、1964(昭和39)年のこと。〈夏ばっぱ〉天野夏19歳、橋幸夫20歳。歌謡ショーの画面は寒い季節とは見えませんでしたので、私が気仙沼中学校の1年生、12歳ごろの設定ということになります。ドラマ中で歌われる〈いつでも夢を〉は1962年9月発売とのことですから、当時のヒット曲というのはずいぶん長い間うたわれたのですね。

そして〈僕等はみんな恋人さ〉は、1965年発売とのことなのですがどうしても曲が思い出せない。頭に浮かんでくるのは〈ぼくらはみんな 生きている 生きているから 歌うんだ〉。私の脳内メモリーでは宮城まり子さんの〈手のひらに太陽を〉が上書きされてしまったようです。還暦を過ぎたとはいえ、困ったものです(笑)。

2011年9月8日ブログ「僕らは恋人?」
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 僕等はみんな恋人さ 橋幸夫

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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