憲二のかもめ食堂

きのうの夜、菊田裕美君からメール。〈 今日の読売新聞夕刊に「三陸の味自慢 古里出店の夢」とのタイトルで、かもめ食堂の記事がありました。被災地を忘れないようにとの心づかいがうれしいです 〉

読売新聞かもめ食堂
読売新聞7月9日夕刊の記事イメージ(一部)クリックで拡大

これは、新聞紙面の半分を使った大きな記事で〈ミュージアムへ行こう〉というシリーズ企画。〈新横浜ラーメン博物館〉の紹介なのですが、その中身は千葉憲二君(3年4組)の〈かもめ食堂〉の話。記事の一部を紹介しましょう。

〈いずれ劣らぬ味自慢そろい。その中で、潮の香りに誘われて「かもめ食堂」に入った。1942年(昭和17年)、宮城県の気仙沼港近くで創業し、しょうゆ味のラーメンが看板メニューとなって地元の人たちに親しまれたが、2006年に後継者がいなくなって閉店。残った店舗の建物も11年3月の東日本大震災の津波ですべて流された。
しかし、食堂を復活して復興のシンボルにしようと、気仙沼出身で、都内などで人気ラーメン店「ちばき屋」を展開する千葉憲二さん(61)がのれんを受け継ぎ、昨年2月、レシピをアレンジして博物館に開店した。
「おやじと初めて外食した時に食べたのが、かもめ食堂のラーメン。今もあの味が忘れられない。そんなラーメンを通じて、復興途上の気仙沼を盛り上げたい」(千葉さん)。2年後をめどに、古里にかもめ食堂の出店も計画中だ。〉

この後に記事は、店長や博物館の広報・宣伝担当者の言葉を紹介します。そしてつぎのように結んでいます。

〈気仙沼から遠く離れた新横浜で、みんなが復興を応援している。店も客も笑顔にしてくれるラーメンとは、何と不思議で幸せな食べ物だろうか〉

記事の引用は以上です。憲二君は、震災直後から何度も気仙沼に炊き出しに出かけています。また、気仙沼の人によるラーメン店を開いて雇用など復興の支援を行いたいとかなり具体的な計画も進めていました。ただ、店の場所をはじめ課題も多く、簡単にはいかないようでした。憲二君としては気仙沼のみんなへの約束を果たすためにも少しでも早く開店したいところでしょうが、魚町や南町など内湾近辺のまちづくり計画もまだはっきりとしない現状では一定の時間が必要になるでしょう。

どうぞ皆様、気仙沼での〈かもめ食堂〉復活まではラーメン博物館の気仙沼ラーメンを。そして気仙沼では、南町の復興屋台村「気仙沼横丁」で同級生の〈つきちゃん〉大友(小野寺)つき子さん(3年9組)が営むラーメン店「あたみ屋」へおでかけください。

最後になりましたが、読売新聞さん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

新横浜ラーメン博物館HP「かもめ食堂
2012年3月30日「同級生の2店」
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 かもめ食堂 ラーメン博物館 あたみ屋 千葉憲二

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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