徳仙丈のツツジ

いま、気仙沼の徳仙丈山(とくせんじょうさん)のツツジが見ごろを迎えているとのこと。徳仙丈山は気仙沼市と本吉町の境にあり、約50万株のヤマツツジやレンゲツツジの群生は国内最大級といわれています。


youtubeからの徳仙丈のツツジ動画映像(1分30秒)2009年5月25日投稿

これらのツツジは、もともと徳仙丈山に自生していましたが、いつのまにかこんなに見事な姿になったわけではありません。30数年以上にもわたる手入れや保護活動があってのことなのです。

その中心となったのが2008年2月に亡くなった佐々木梅吉さん。親しかった県会議員から、山に自生するヤマツツジの手入れを勧められたのをきっかけに、木挽き(こびき)仲間の数人で移植や下草刈りに取り組み、間もなく「徳仙丈の自然とつつじを守る会」を発足しました。1976年ごろのことのようです。〈木挽き〉とは、伐採した丸太を鋸でひいたりして材木にする職人さんです。

ツツジの育成や保護活動を続けてきた〈守る会〉は、2007年に毎年開催してきたツツジ祭が30回を迎えたことを機に解散。しかし翌2008年には、佐々木さんらの志を受け継ぎ、「徳仙丈のつつじを愛する会」が発足し現在に至っています。なお、徳仙丈山の本吉町側の保護活動については、故・須藤隆さんのお名前がありましたので記しておきます。

私が中学や高校のころは、この徳仙丈のツツジの話を聞いた記憶がありません。しかし、佐々木梅吉さんの名前は市議会議員としてよく知っています。母と近所のおばちゃんらとの〈オジャコノミ(お茶飲み)〉の中で、〈梅吉さん(うめきっつぁん)は、山の中で仕事をしながら大きな声で演説の練習をしているらしい〉と笑いながら話しているのを聞いたこともあります。決してからかっているのではなく、なんていうんだろう、今風にいえば〈愛されるキャラ〉か。漁業関係者をはじめ市の有力者がならぶ市議会議員のなかにあって、木訥(ぼくとつ)な印象ながらも一貫して日本共産党員として市議をつとめた梅吉さんを、みな敬愛していたのだと思います。

ネットに、梅吉さんの著書〈山つつじ燃ゆ〜満蒙開拓青少年義勇軍からの軌跡〉(光陽出版社1998年刊)の書籍情報がありました。それによれば、梅吉さんは満蒙開拓青少年義勇軍に応募した後、敗戦、シベリア抑留を経て帰国。その後に日本共産党に入党、気仙沼市会議員として活躍しました。

2007年に建立された徳仙丈山頂近くの石碑に、私たちの同級生 武山美加(号 櫻子)さんの書による、梅吉さんの歌6首が刻まれています。そのうちの2首をつぎに。

青春を知らずに逝きし我が戦友へ 八十路を生きてつつじ手向けん
海原に姿映すか山つつじ われ無き後も末の末まで

シベリアの地で過酷な強制労働を共にしつつも祖国の地を踏むことがかなわなかった戦友。この季節、徳仙丈を一面の朱に染めるツツジは、その慰霊の花でもあったのです。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 徳仙丈山 ツツジ 佐々木梅吉

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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