三陸復興国立公園

5月24日、陸中海岸国立公園が再編、改称され「三陸復興国立公園」となったことはご承知のとおりです。陸中海岸国立公園は1955年に指定されましたが、この時点では気仙沼地区は含まれておりません。9年後の1964年に気仙沼湾と唐桑半島が編入されたのです。東京オリンピックの年、私たちが気仙沼中学校1年のときのことでした。

この「三陸復興国立公園」のニュースを見ていて、〈高校生のときに、国立公園関係の初日カバーを郵趣会でつくったことがあったなあ〉と思い出し、探してみたらちゃんとありました。
初日カバー
1968年4月1日 郵便料金計器使用開始 初日カバー(クリックで拡大)

〈初日カバー〉とは、記念切手を封筒に貼って、その発売日の消印を押したもの。多くは切手マニア用で、封筒に意匠をこらしたデザインがなされています。そして〈郵趣会〉は切手収集家の集まりで、毎月1回、気仙沼郵便局の2階で会合がありました。高校生は私と同級生の中井殖(しげる)君の2名だけ。ほかには、カトリック教会の小野忠亮神父や中華料理〈しょうせん飯店〉の若主人など10名ほどだったように思います。

すっかり忘れていたのですが、気仙沼郵趣会が作成したのは〈郵便料金計器使用開始記念〉の初日カバー。郵便料金計器というのは、切手の代わりに料金を印字したシールを発行する機械。気仙沼局での使用開始が1968年4月1日でした。

そして封筒には、「陸中海岸国立公園切手に気仙沼湾を!」の文字。記念スタンプ風のイラストは、唐桑の折石と亀山そして亀山リフトです。わざわざ描いたものとも思えないので、気仙沼局の記念スタンプかもしれません。私はこれをおぼえていたのですね。

ひさしぶりに取り出した、この初日カバーを見ていると、バチカン市国の珍しい切手を見せてくれた小野神父の静かな語り口や、青写真やリコピーに代わって登場した普通紙コピーのサンプルを〈すごいねえ、きれいだねえ〉と言いながら見せてくれた〈しょうせん飯店〉の若主人の姿が懐かしく思い出されます。あれからもう45年が過ぎました。
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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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