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追悼と感謝の日

きょうは3月11日。あれからちょうど2年たちました。まずはこの震災によって亡くなられた多くの方々のご冥福をあらためてお祈り申し上げます。

震災から2年ということで、新聞やテレビでは、多くの特集企画を目にします。そのひとつ、毎日新聞3月8日の夕刊には糸井重里さんの気仙沼での活動が紹介されています。

糸井さん
毎日新聞3月8日夕刊紙面イメージ(クリックで拡大)

記事内容はここから(毎日新聞ニュースサイト「毎日JP」)

聞き手は毎日新聞の鈴木琢磨編集委員。ツイート情報によれば、1時間半近くのインタビューには、原発問題などで冷静な信頼できる情報を発信している斗ヶ沢秀俊記者(@hidetoga)も同席したとのことです。

詳しくは、上記の毎日新聞ニュースサイトでお読みいただくとして、糸井さんの発言を少し拾って紹介しましょう。

気仙沼について糸井さんは、「震災がなかったら、たぶん一度も行かなかっただろうなあ。それが月に1度は足を運ぶようになって、支社の『気仙沼のほぼ日』までつくって。縁としか言いようがない。僕たちはたいしたことないもの。光のさす方向に進もう。この二つを確認してやってきた。同情じゃなく、仕事としてかかわりたかった」と語っています。

<おいしい生活。>のコピーが世に出たのは1983年とのこと。その頃については、「生意気でしたね。どうせ、すごいやつはみんな東京に出てきちゃってるだろって思い込んでいたころです。気仙沼にかかわるようになって、こんなにすごい人がたくさんいるって知りました」と。

支社である「気仙沼のほぼ日」は当初2年を期限にしていましたが、延長するそうです。そして、「気仙沼から陸前高田にかけ、山側にツリーハウスをつくる企画の話を始めています。トム・ソーヤーに出てくるみたいな。ゲゲゲの鬼太郎も住んでた。建築家やアーティストが思い思いに木の上に家をつくって、それを巡礼する。誰しも少年のころに抱いた夢が東北の地で実現できたら」と語っています。これも楽しみですね。

震災の日、というか気仙沼にとってはあの大津波の日から2年。今日まで、実に多くの方々から気仙沼へのご支援をいただきました。糸井重里さんの「ほぼ日」をはじめ様々な支援団体やボランティアの皆様、ありがとうございます。そして震災後の過酷な救助活動などに尽力してくださった自衛隊や消防そして警察の皆様、そうでした米軍のみなさんのことも忘れてはいけませんね、本当にご苦労様でした。そして台湾をはじめとする海外からの支援。また、市や県・国の議会や行政の皆様にもお礼申し上げます。なかなか言い尽くせませんが、皆様のご支援に対して、厚く厚く御礼申し上げます。

これからもどうぞ、私たちが愛してやまない気仙沼をよろしくお願いいたします。

2011年10月28日ブログ「ほぼ日in気仙沼
「気仙沼のほぼ日」開設までの経緯などを書いています
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 気仙沼のほぼ日 糸井重里

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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