帰りたい 帰れない

三陸新報に掲載された林(奥玉)小春さん(3年2組)のリレー随想を2月15日のブログで紹介しました。そして小春さんが次にリレー指名した筆者は同級生の渡邊まさ子さん(5組)。小学校から大学まで一緒、母親も同級生だそうです。遅くなりましたが、2月13日に掲載されたその文章を紹介します。
タイトルは「帰りたい、帰れない。」

渡邊まさ子
三陸新報2月13日(クリックで拡大)

「間もなくあの悪夢の日から2年がたとうとしています。今住んでいる南が丘の家から、土台だけが残った幸町、弁天町、潮見町が箱庭のように見渡せ、その中をミニチュアのような車がいたる所を走っています。

1本の幹線をたどり、私の目は潮見町で止まります。
〈まっ白な雪道に 春風香る 私は懐かしい あの街を思い出す〉
この歌を口ずさむと、今は無いあの風景が広がっていきます。

確かにあの日、私たちはそれぞれの生活の中で春を待ちわびていました。その小さく躍る心が2時46分を境に凍りついてしまいました。会社から気仙沼中学校の体育館に避難し、狂ったように余震が続く中、同じ町内に住む友人から届いた「潮見町全滅 !!」のメール。全滅って何? 床上浸水? 家が壊れたって事?
その言葉の意味が分かったのは1週間も後の事でした。道なき道をヘドロやガレキをかき分けながら、ようやくたどり着いたわが家を前にア然 !! 涙も出てこない。出てきたのは私を暖めてくれた電気毛布のコードだけ。震災前の日々がいとしくよみがえってきました。

子供たちが小さい時に結成したドレミの会、婦人部の新年会、腰を痛くしながらの自治会館の草取りやドブ揚げ、踊らずビールや焼き鳥、おでんも食べた盆踊り、市民運動会やママさんフット、両親も狂ったゲートボールの集い。いつか仕事を辞めたら婦人部長になるという小さな野望(笑)も、何もかも持っていかれてしまいました。「津波のバカ野郎ー !!」(中略)

日本中、世界中の人々から温かい支援を頂き、なんとか日々の生活を取り戻しながらも、「なんで私、ここに居るのかナァー」と地に足が着いていない状態。もう一度、潮見町に住みたいヨー。でも、そこは災害危険区域に指定され、私たちは二度と帰る事ができないのです。(中略)

潮見町2区も昨年、解散会をしましたが、年に1回は集まりましょうと約束し、それぞれの復興に頑張っています。「皆さんお元気で。またお会いしましょうネ」。

もし、あの日の2時46分より前に時間を戻す事ができたら、45年間、家族を守ってくれたわが家に「ありがとう。お世話になりました」と感謝の気持ちを伝え、亡くなった方々には「地震の後、大津波が来るから、すぐ高台に逃げてー」と、声を大にして叫びたい。

ご冥福をお祈りします。」

まさ子さんの文章は以上です。いま住む南が丘から、たくさんの思い出がある潮見町を見渡せるというのも、ちょっとつらいですね。まさ子さんにとっては過去形〈潮見町だったところ〉ということかもしれません。

2月15日ブログ「小春さんの3.11」
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 リレー随想

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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