気仙沼の縄文人

本日も雑誌記事のご紹介。昨年の雑誌『芸術新潮』11月号を読んでいたら、記事の中に「気仙沼」の小さな文字を発見しました。この号の特集は〈縄文の歩き方〉。縄文時代の文化について様々な角度から紹介しています。

〈縄文人の暮らし〉という記事に、縄文時代の釣針の写真がのっているのですが、その中に気仙沼で出土したものが2点紹介されていたのです。東北歴史博物館蔵。〈田柄貝塚〉から出土したとあるので調べてみると、住所は気仙沼市字所沢。気仙沼高校第2運動場と新城小学校の中間地点にあたります。

縄文3
『芸術新潮』2012年11月号の記事イメージ

写真の左上2点が気仙沼で出土したものです。長さは6.1cmと1.5cm。ほかは東松島市里浜貝塚から出土。

中学生のころ、気仙沼中学の校庭の下方の崖でも貝の化石がとれると聞いたことがあります。しかし釣針となると、どんな魚を釣っていたのだろうかとか、縄文人の暮らしを想像してしまいます。そして、気仙沼高校などがあるあの高台近くまで海だったのだろうかとも。

〈釣っこ〉を楽しんでいたわけでなく、日々の食糧として魚を釣っていたのでしょうが、3000年以上前の気仙沼に釣り糸(?)を垂れる縄文人がいたことを想像し、ちょっと愉快な気分になりました。

〈ナニガツレダノスカ?〉
〈ナニモツレネ。ダメデガス〉
とかね(笑)。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 田柄貝塚

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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