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豆炭あんか

本日の東京は寒さが少しやわらぎました。しかしまだ寒い日が続きます。14日の大雪の名残が道路の電柱脇などにまだ少し残っています。

先日、私たちが小さなころの気仙沼の寒さを妻と話しておりました。そして思い出したのが〈豆炭あんか〉です。豆炭は、わかりますよね。石炭の粉を小さく固めたやつ。それをコンロかなにかで熱して、弁当箱を3つほど重ねたぐらいの大きさのあんかに入れます。言葉で説明するのが難しいのですが、左右に割れるようになっていて、中の石綿かグラスウールが金属板で押さえられています。豆炭を入れた後は留め金でパチッと留める。

この豆炭あんか、私は中学か高校のころに使っていました。夜から朝まで暖かくとても重宝しました。あんかの外装は樹脂で色はオレンジ色。ネルなどの厚い布のカバーで包みます。酸素供給のためか小さな穴が沢山あいていたような記憶があります。しかし、このディテールの記憶が案外あてにならない(笑)。

小学生のころの我が家のコタツは、炭火でした。朝、母が「牛乳わかし」(これも死語か)のような〈炭おこし〉を使いガスコンロで火をつけていました。炭のあとに練炭(れんたん)コタツにしたところも多いと思いますが、ウチではなぜか使わなかった。そういえば小中学生時代の冬の朝、魚町近辺の家々の前には練炭の燃えかすが形を保ったまま置いてありました。それを蹴飛ばして歩きました。コタツ用の練炭コンロは乳白色の素焼きで脇から小さな煙突状の突起が出ています。その突起の先にフタがあり、それをふさいで火力を調整するのです。

しかし我が家は、炭火コタツの後すぐに電気コタツにしたのかどうか。仙台の母に電話して聞いてみたのですが、その記憶もあいまいです。練炭は使わなかったので、豆炭だったかねえと。母は明日で90歳。50年も前のコタツの記憶が薄らいでも仕方がない歳になりました。ありがたく思っています。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 豆炭あんか

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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