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友人雅巳君の死

先日、気仙沼高校美術部の仲間だった石川清一君と震災後はじめて電話で話しました。仙台の自宅は瓦を相当やられ、今もブルーシートをかけたままとのこと。そしてその話の途中で、石川君が「雅巳(まさし)がだめだったな」というのです。「震災後の早い時期に新聞に出ていた」。
心配はしていたものの、なんとか大丈夫だろうと考えていたのですが。甘かった。

高橋(藤代)雅巳君は、鹿折中学出身で気仙沼高校美術部の2年後輩です。57歳か58歳。鹿折でフィッシング用品やアウトドア製品を扱うショップ「STREAM」や、お母さんが以前から続けていた「みよし」という服装店を経営していました。

雅巳君は多摩美術大学のインテリアデザイン科に進みました。私も同じく多摩美(ただし建築科)でしたので、高校と大学を通じての先輩・後輩となりました。

大学卒業後、雅巳君はディスプレイや商業空間設計施工の大手である乃村工藝社に入社します。東京・晴海でのオーディオフェア会場で、徹夜での出展ブースづくりをおえて帰ろうとしている雅巳にばったり会ったこともありました。まじめで優秀な男でしたから会社でも活躍していたことと思います。

しかしその後、7~8年ぐらいあとかな、鹿折の母の店を継ぐことになったといって気仙沼に帰りました。一人息子だったし、店をお母さんひとりにまかせておけないと思ったんだろうね。考えた末の決断だったと思います。

雅巳君の店には、今年の正月に気仙沼に帰ったときにも顔を出しました。2月の還暦祝いで帰ったときにもたしか寄ったはず。
世の中、あまり景気がよくないけどお互い、ま、がんばろうね。今度は飲みたいね。また来るよ。そんな話だったと思います。
ルアーとかフライフィッシングについても「おもしろいよ。おださんにも、こんどおしえっから」。

病気がちだったというお母さんは無事だったろうか。私たち夫婦で寄ったときに挨拶をかわした奥さんはどうしただろう。
でも、こちらからたずねる勇気がありません。知ってどうする。なにをしてあげられる。

結局、先輩らしいことをなにもしてあげられなかったな。
いまはひとりの友人のありし日をしのぶばかりです。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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