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漁師暦 2014-24

気仙沼つばき会の「気仙沼漁師カレンダー」さんは、2023年11月に「公式note」を開始しました。現在まで14回にわたり、同カレンダー誕生の背景や撮影エピソード、ファンの声などを紹介しています。

本日紹介するのはその最新投稿「気仙沼漁師カレンダー はじまりの話」です。前編と後編の2回にわかれています。

まずは前編を紹介したX(旧Twitter)2月1日投稿から。


前編では、気仙沼漁師カレンダーがどんなことをきっかけに誕生したのかを、発案者である気仙沼つばき会の斉藤和枝さんと小野寺紀子さんが語っています。

印象に残ったのは、和枝さんの東日本大震災から3日後の話です。(斉吉商店の)工場が全部ながされ基礎しか残っていないのを見て、ひとしきり泣いたあとに「もう、しょうがないよね」って自分に言い聞かせたといいます。そして……

和枝さん「そしたらね、帰り道、真っ黒焦げの船が並ぶ港に、真っ白い船が、帰ってきたの。無傷の真っ白い漁船が…。」紀子さん「そう!地震の直前に出航した漁船が、気仙沼を心配して戻ってきてくれたんですよね。」

紀子さんによれば、地震の直前に出港した漁船だったので、船体を洗ったばかりで真っ白できれいだったと。

黒こげの船と真っ白な船。そして真っ青な空に「カモメがピューっと」。

気仙沼の漁師のカレンダーというアイデアが生まれた背景には、こうした〈絵画的〉なシーンがあったのですね。このときの体験というか実感が、その後10作にわたるカレンダー制作につながっていったことを考えると〈象徴的〉なシーンといえるかもしれません。

2月5日には後編が投稿されました。


前半部にある初回2014年版の写真家藤井保さんについてのお二人の話も面白かった。

和枝さん「藤井先生はすごく私たちの話を長時間聴いてくださいましたね。写真撮っているより私たちの話を聞いてる時間の方が長かったぐらい。カメラは、なんだかでっかい箱みたいなのだったよね。」紀子さんは「本当に撮れてんだべか?」って思ったよね(笑)と。

そしてこの初回2014年版5000部を完売。和枝さんは「5000部じゃないと製作費が賄えなかったという事情もあるのですが…」と語ります。完売まで相当な努力があったことでしょう。

後半部では、1作目と10作目に登場している漁師さんの両方の写真を並べた画像がありました。

私は、その対比関係をとても興味深くながめました。そこにうつる個人の10年という時間とともに、師匠/藤井保さんとその弟子/瀧本幹也さんというふたりの写真家の対比が重なって感じられたのです。

そんなこんな、いろいろと楽しく読んだ「気仙沼漁師カレンダー はじまりの話」でした。

参考までに記しておくと、後編のnoteを知らせるX(旧Twitter)投稿画像の右端にううっているのが、2作目から10作までのプロデューサーをつとめてくださった「バンブーカット」の竹内順平さんです。その左隣は2024年版漁師カレンダーで初の地元デザイナー起用となった「ペンシー」鈴木歩さんです。ご苦労さまでした。

前編・後編とも、どうぞ本文をお読みください。またほかの12投稿も各年カレンダーの写真画像が豊富で読みごたえがあります。是非ご覧ください。

今週はこれにて。

1月9日ブログ「十年のアーカイブ」
1月12日ブログ「瀧本さん記事一覧」
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 漁師カレンダー

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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