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BTB丹治和也さん

昨年2022年11月に、ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)さんで連載された「気仙沼に暮らす、若者たち。」をおぼえている方も多いことでしょう。ほぼ日の羽佐田(ハサダ)さんが、気仙沼に移住した若者に話を聞くシリーズ。山﨑風雅さん、伊藤誠さん、玉川千春さんの3人/3部構成でした。

その2023年版が「続 気仙沼に暮らす、若者たち。」として11月1日に始まりました。1人目/(通算)第4部は鈴木麻莉夏さんでした。そして2人目/第5部が昨日11月7日から。はクラフトビール「BLACK TIDE BREWING」(ブラックタイドブリューイング/BTB)の丹治和也(たんじ・かずや)さんです。


丹治さんは東日本大震災のときに大学院生/修士1年。2011の夏には釜石、大船渡、陸前高田、気仙沼と南下しながらボランティア活動をおこなったそうです。

気仙沼に移住したのは2019年9月。BTBがビールの醸造を開始したのが2020年春のことです。詳しい話は連載を読んでいただくことにいたしましょう。2019年当時のビール醸造所計画についてはつぎのブログで紹介しました。

2019年3月5日ブログ「気仙沼内湾醸造所」

◎丹治さんの出身地

私は丹治さんの出身地に関心をもっていました。BTBを紹介する多くの記事では新潟県出身と紹介されていたのですが、ずいぶん前に一度だけ「新潟県新発田市出身」と書かれたものを目にしたことがあるのです。おお、新発田かと。そして今回のほぼ日さんの記事にも、しっかりと新発田出身であることが記されていました。

新発田は父の故郷です。父が2008年に亡くなるまでは菩提寺も墓も新発田にあったのです。幼いころ、お盆などで近所のみんながお墓参りにいくのに、なんで自分ちにはお墓がないのかと不思議に思っていました。

本籍地も同じく。新発田城跡の北なので城北町。不便なので移そうとしても、父の新発田へのこだわりが強く、それを許さず。父が亡くなってから、母と兄と相談して墓は仙台に移しました。私は本籍地を東京に。

そんなことで新発田との縁はうすくなったものの、丹治さんの出身が同地として知ってなんかうれしい思いがしたのです。丹治さんの出身高校はどこでしょうかね。父は旧制新発田中学(現 新発田高校)でした。

ちょっと話が細かくなってきたのでこの辺にしておきましょう。いまでいう「移住組」のひとりだった父の話はまたの機会に。

◎ほぼ日の気仙沼の日

前回も今回も「気仙沼に暮らす、若者たち」は、11月1日「ほぼ日の気仙沼の日」に掲載が開始されています。

11月1日がなぜ「ほぼ日の気仙沼の日」なのか。まあ、説明不要とは思うものの念のために記しておくと、「気仙沼のほぼ日」ができた日が2012年11月1日。そして、その〈お開き〉の日が2019年11月1日だったのです。4年前のお開きについては次のブログにて。

2019年11月1日ブログ 今日は「出船送り」

「ほぼ日」さん、いつもいつも、ありがとうございます。「気仙沼のほぼ日」開設から11年。あらためて、その〈有り難さ〉を感じております。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : BTB丹治和也ほぼ日

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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