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浮見堂いまはなく

この写真、千葉和夫君(3年11組)が6月末に気仙沼へ行ったとき撮影したものです。

浮き見堂カラー3
(クリックで拡大)

先日、和夫君に写真を見せてもらったときは大変おどろきました。魚町・神明崎の浮見堂がこんなになっちゃってと。たしか震災後しばらくは崩れた屋根などがそのままになっていたはずです。がれきとして撤去したのですね。6月のお神明さん付近の被災住居の撤去と同時期なのでしょうか。

私たちが小学生のころの浮見堂はすべて木造で、座るところには竹を割ったものが並んでいたように思います。ところどころ壊れていたりして。その竹にはずいぶんと落書きがありました。なんかエッチなことも書いてあったように思いますが、当時の私はあまりに幼く、その意味がよくわかりませんでした(笑)。

この写真は、なにか明治や大正時代の風景写真のようです。浮見堂はなくとも、見ているとお神明さんで遊んだ小さな頃を思い出します。そして、巨大防潮堤ができたらこの浮見堂の再建など、どうなっていくのだろうかと考えてしまうのです。

6月22日ブログ「気仙沼6月の風景」
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 浮見堂 防潮堤 お神明さん

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おしんめはん

思ったのですが、遙か彼方の時代の気仙沼はどうだったのだろう・・?
でもこの景色は、千年前から変わらないのではないだろうかと。
自ずと考えは湧いてくる様な気がします。不謹慎かもしれませんが。

オシンメハンの手前の洞窟も無事でしたね。洞窟は釜石まで繫がっている説は、伝説として夢として残って欲しいと思うし、この場所は市民の永遠の拠となる事を、きっと解ってもらえると祈るだけです。
プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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