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鈴木敏夫 『歳月』

スタジオジブリ代表、鈴木敏夫さんの著書『歳月』(岩波書店刊)を読みました。〈その人生の道ゆきで巡りあった人々との鮮烈な思い出を振り返る〉86のエピソード。

気仙沼出身の尾形英夫さんのことが書かれているのでないかという期待とともに、まずは目次から。ありました。やっぱり。85人目のエピソードです。


歳月

『歳月』(岩波書店刊)p254-255の一部イメージ


このエピソードのタイトルは「自分で自分を束縛しない人が新しい時代を作る」。

大学を卒業して徳間書店への就職が決まった鈴木さんは、生まれて初めて、同社の週刊「アサヒ芸能」を買ったそうです。ページを繰るうちに驚いたのは、連載陣の中に、大好きだった寺山修司と前衛漫画家で知られた真崎守の名があったこと。おまけに対談ページのホストは吉行淳之介でした。

どんな人が企画を立て、ページを作っているのか。同誌に配属が決まった鈴木さんの想像がふくらみます。例えてみれば、インテリやくざ、それこそ吉行淳之介とか太宰治を想像したといいます。

しかし、実際の尾形英夫さんはまるで逆の人でした。〈見た目は、昔の日活映画に登場するチンピラたちの兄貴分風だった。なにしろ、その出で立ちは、上下白のスーツに白いエナメルの靴だった〉。

尾形さんの最大の特徴は、枠を作らないことだと鈴木さんはいいます。そして「こういう、自分で自分を束縛しない人が新しい時代を作る」と。

末尾の文章を引用させてもらいます。

〈 そして、この人が、アニメーションの世界に革命を起こす。本人に自覚は無いが、今日に至る日本のアニメーションの隆盛は、尾形さんの功績によるものだとぼくは考えている。

 手始めは月刊「アニメージュ」の創刊、そして、「『風の谷のナウシカ』を映画にしよう!」と最初に口走ったのもこの人だった。

 尾形さんは、2007年1月に亡くなった。高畑勲も宮崎駿も、そしてぼくも、みんなで駆けつけた。享年73歳。ぼくは、いま、74歳になった。 〉(引用は以上です。漢数字を洋数字としました)

結びの余韻が、書名『歳月』と重なってきます。

今週はこれにて。よい週末をお迎えください。

2021年2月12日ブログ「尾形英夫さんの話」





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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鈴木敏夫尾形英夫

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Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

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