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気仙沼ラーメン物語

三陸新報の「タイムトラベル〜20年前のあの日あの時」は、20年前の同日紙面を紹介するシリーズ記事です。6月17日の記事に同級生/気中20回生が登場していました。


タイムトラベル

三陸新報6月17日記事の一部イメージ


「仮称・気仙沼ラーメン研究会」の立ち上げに千葉憲二君(3年4組)が協力したという話。もう20年経つのですね。記事を引用します。

〈気仙沼コンベンションビューロー協議会が、地場産品を生かしたラーメン作りに取り組む「仮称・気仙沼ラーメン研究会」を創設するため、メンバーを募集する。気仙沼出身で、人気ラーメン店「ちばき屋」店主の千葉憲二さんがアドバイザーとして加わり、半年かけて究極のラーメン開発を目指し、気仙沼特産のフカヒレをはじめ、マツモやカキ、サンマ、ワカメ、ホヤ等の活用法を模索。同協議会では「研究会を創設し、オリジナルラーメン作りを目指したい」と期待を話す。〉(引用は以上)

私は震災後、三陸新報デジタル版を購読していますが、20年前は気仙沼の両親が読みおえた2週間分ぐらいの三陸新報を送ってもらっていたのです。そのため、この研究会創設のことも知っていました。たしか、いろいろと試行錯誤し、複数の店舗で「気仙沼ラーメン」が提供されたように記憶しています。しかし、その後は「気仙沼ラーメン」名での同一レシピメニューの提供はなくなっていったのではなかったかと。もちろん、現在でも各店独自の気仙沼ラーメン提供はあると思いますが。

◎ラーメン博物館での気仙沼ラーメン

現地気仙沼とは別に「気仙沼ラーメン」が提供されたことがあります。「新横浜ラーメン博物館」で千葉憲二君が「かもめ食堂」を出店し、そのメニューのひとつが気仙沼ラーメンだったのです。次のブログで紹介しました。

2013年7月10日ブログ「憲二のかもめ食堂」

このラーメン博物館での「かもめ食堂」が、いま気仙沼市港町で営業中の「かもめ食堂」につながっているのは皆さんご承知のとおりです。正確に記せば、震災後の気仙沼復興の一助にと「かもめ食堂」復活を計画し、そのプレ企画として2012年2月から2015年4月までラーメン博物館に出店したのです。

◎気仙沼ラーメンの炊き出し

震災の翌年2012年10月3日、「気仙沼ラーメン」1000食が気仙沼で提供されたこともありました。千葉憲二君らが気仙沼市民会館でおこなった炊き出しです。つぎのブログで紹介しております。

2012年10月10日ブログ「かもめの炊き出し」

記事中でつぎの三陸新報2012年10月5日記事を紹介しています。


気仙沼ラーメン

三陸新報2012年10月5日記事


この三陸新報の記事のなかに、炊き出しには〈人気ラーメン店「一風堂」「五福星」のスタッフも応援に駆け付け、「気仙沼かもめ食堂」で人気の気仙沼ラーメンを1000人分調理し、熱々を提供した〉とありました。

記事にはスタッフとありますが、一風堂の河原成美さんや五福星の早坂雅晶さんもこの場にいたのではないかと。当時、憲二君は日本ラーメン協会の初代理事長でした。

◎「まるき」の熊谷さん

「ほぼ日」さんの2019年11月1日「お世話になった気仙沼の、あの人。」第4回のなかで、「まるき」の熊谷一政さんが、このラーメンの炊き出しについて語っていました。インタビュアーは、当時「気仙沼のほぼ日」のサユミさんです。

このなかで、まるきさんが震災前の「まるき食堂」からラーメン専門店の「まるき」に変化していったきっかけについて、〈「日本ラーメン協会」が震災後に気仙沼で行った炊き出しを見て〉と語っています。話のなかに、「五福星の親方」も登場します。

憲二君の気仙沼での炊き出しは4~5回おこなわれているはずで、まるき熊谷さんの話に登場する炊き出しがいつのものかはっきりしません。しかし、〈ラーメン協会の〉ということから上記2012年10月3日の炊き出しだろうと推測しております。(6/26追記:まるき熊谷さんと「五福星」早坂さんとの出会いは、ご本人によれば2011年4月9日の市民会館での炊き出しだったそうです。この震災から1か月後の炊き出しについては、同年4月28日ブログで紹介しております )

参考まで記しておくと、憲二君の気仙沼「かもめ食堂」では毎年3月11日に〈かもめラーメン〉の無償提供をおこなっていますが、これは震災後の炊き出しが原点になっていると思います。

◎「気仙沼ラーメン」20周年

いま気仙沼にはおいしいラーメンを提供する人気店がたくさんあるようですね。大友(小野寺)つき子さん(3年9組)が内湾のスローストリート「結」(ユワエル)で営む「あたみ屋」もそのひとつです。気仙沼のラーメンは、この20年で大きな進化をとげたのでしょう。

20年前の研究会がめざしたのは、オリジナルラーメンの開発でした。その気仙沼コンベンションビューロー協議会の皆さんの構想は、いま形をかえ多彩な「気仙沼ラーメン」として実現しているように感じます。

なお、気仙沼コンベンションビューロー協議会は、その後の気仙沼観光コンベンション協会だと思います。同協会は2022年4月1日に、唐桑町観光協会、気仙沼大島観光協会と統合して気仙沼市観光協会となっています。当時の「気仙沼ラーメン研究会」関係者の皆さまに御礼を。皆さんのまいた種がいま果実となっていますね。

こうして、三陸新報さんの「タイムトラベル」のおかげで、今年が「気仙沼ラーメン」20周年であることに気づくことができました。ありがとうございます。

以上、「気仙沼ラーメン」にまつわる物語ということで。どうぞよろしく。今週はこれにて。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼ラーメン千葉憲二

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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