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松川水源開発事業

3月28日に気仙沼市の菅原市長が、水源開発事業について、つぎのようにツイートしていました。



この松川水源開発について、市の記者発表資料をみてみようと思ったのですが見当たらず。しかし3月30日の三陸新報が、この安全祈願祭を伝えていましたので、その内容をもとに紹介します。

記事によれば、松川水源は、宮城県が地元の反対を受けて、2000年に建設を中止した新月(にいつき)ダムの代替水源として、気仙沼市が同年度に開発に着手しました。総事業費は48億円で、松川地内5カ所に1日最大6千トンの取水が可能な井戸、導水ポンプ場などを整備したそうです。旧市内(八瀬、廿一、上鹿折を除く)の取水体制はこれまでどおり大川の原水がメインで、松川水源は1日当たり130〜150トンを取水します。渇水期や大雨などの災害時などには、取水量を増やして供給するとのこと。

私の理解では、メイン水源である大川の原水は、舘山(たてやま)取水口から舘山浄水場に導かれて処理され市内に供給されます。松川水源は補完的な位置づけということだと思います。

市長の投稿写真にうつっているのは、市営松川住宅に隣接する敷地内の取水槽とのことです。

投稿冒頭に、平成12年/2000年に新月ダム計画が中止となり、代替水源が必要になったと記されています。この「新月ダム計画中止」については、2013年9月のブログで記しておりますので以下に再掲します。このブログの冒頭は、NHK朝ドラ「あまちゃん」のオープニング映像の話。もう10年経ったのですね。


2013年9月19日ブログ再掲
◎新月ダム反対運動

NHKドラマ〈あまちゃん〉のオープニング映像。私はあの中の小川の水面をなめるように撮影した映像を見るたびに、気仙沼の新月(にいつき)の風景を思い出します。

JR大船渡線で一ノ関から行くと、気仙沼に着く20分ぐらい前にきれいな川の流れを見ることができます。1分ぐらいでおわってしまいますが、私はあの風景が大好きです。いつもディーゼル車の窓から見るだけで足を踏み入れたことはないのですが、あの奥に新月渓谷の素晴らしい風景があるのでしょう。


新月渓谷。ブログ「スローな食に、スローな家。」より拝借


約40年前、あの美しい新月渓谷にダム建設の計画がもちあがりました。しかし反対運動によってその計画は中止になったのです。私は実家から送ってもらっていた三陸新報でその経緯をかろうじて知っておりました。あれはいつ頃のことだったのだろう。昨日と同じく、〈気仙沼文化史年表〉(荒木英夫編)で調べてみました。その内容はつぎの通りです。

1974(昭和49)年2月20日
新月ダム建設に関する説明会が行われる
1974(昭和49)年3月2日
新月ダム建設反対期成同盟会結成される
1975(昭和50)年3月29日
新月ダム建設反対期成総決起大会が新月ダム計画絶対反対を決議
1984(昭和59)年12月22日
新月ダム対策協議会設立(会長 昆野辛治郎)
1988(昭和63)年5月30日
県と市が新月ダム建設工事の基本協定書に調印
1997(平成9)年8月21日1997
県は新月ダム建設計画の休止を決める
2000(平成12)年7月17日
気仙沼新月ダム期成同盟会解散

1974年にダム建設の説明会が行われ、すぐに反対運動が始まったのですね。その14年後1988年の建設工事の基本協定というのはなんだろう。一度は工事開始直前までいったのでしょうか。そして宮城県がダム建設計画の〈休止〉を決めたのは1997年、説明会から23年後のことでした。

ネット/ウィキペディアの「中止したダム事業」説明に、つぎの記述がありました。
「宮城県の新月ダム(大川)は、下流の気仙沼市等の漁業関係者からカキ養殖に重大な影響を及ぼすとして反対運動が起こり、その後水需要の減少なども重なり計画が中止された。既得権益、特に漁業権絡みの反対運動は環境保護の立場からの反対運動と軌を一にすることが多い」

なるほど。計画通りダムが建設されていれば、新月渓谷の姿は大きく変わっていたことでしょう。最近の気仙沼での防潮堤建設をめぐる議論に際し、この新月ダムの建設計画と反対運動を思い出している人も多いのではないでしょうか。〈歴史はくりかえす〉か。

ブログ再掲内容は以上です。

◎今川悟さんサイトの記事

なお、この新月ダム計画の中止とその後の経過については気仙沼市議会議員の今川悟さんの活動報告サイトに詳しく紹介されています。

2019年10月8日「新月ダム物語のその後。計画中止から19年」

今川さんは、この中でつぎのように記しています。〈漁師が山に植樹する「森は海の恋人運動」もダム計画の反対運動の中から生まれ、今では山川海のつながりはとても大切なものであるという認識が広まっています〉。そして〈新月ダム計画が公表されてから約50年後に、新たな水源開発施設が稼働します。ようやく、新月ダム計画に本当の意味で終止符が打たれるのです。先人が守った新月の自然に目に向け、気仙沼市のアイデンティを確認したいです〉とも。

水源の確保のために新月地区にダムを計画した宮城県とそれに対する地元の反対運動といった単純な構図でとらえてはいけないと思います。双方の主張にはそれぞれ得られるものと失われるものがあったはず。なかなかに難しい課題だったでしょう。

県のダム計画発表から50年経ちました。そして計画中止後に気仙沼市が新たに開発したのが地下水を利用する松川水源でした。その貯水槽への注水弁が3月28日にあけられたのです。

松川地区の皆様のご協力、ありがとうございました。また、 ダム計画に反対した方々も含め、50年にもわたるこの問題というか課題の解決にあたった多くの関係者の皆さまのご努力にも敬意を表します。開発に20年以上もかかった松川水源のこのたびの稼働、おめでとうございます。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 新月ダム松川水源

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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