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梶原登城さんの話

11月3日にNHK朝ドラ「おかえりモネ」の演出陣のおひとり、梶原登城(かじわらとき)さんのトークイベントが気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ(PIER7)で開催されました。イベント内容や昨年11月の気仙沼スローフェスタ2021でのシンポジウム「海と生きる〜おかえりモネで描かれた気仙沼」での梶原さんの講演内容はつぎのブログで紹介しました。

10月25日ブログ「教えて!梶原さん」

このトークイベントは参加申し込みが多数にのぼり、当初は予定になかったオンライン配信もされて私も視聴することができました。準備なども大変だったと思います。関係者の皆さまありがとうございました。

本日は、その梶原登城さんの話について。話を聞きながらメモをとり、記事のおおよそについて既に書いてはいたのです。しかし梶原さんの話に触発されて感じることや思うところ多く、書き足そうと思っておりました。そんなこんなしているうちに気仙沼からは初雪の便りが届いたりして。ということでの本日の紹介です。


◎イベントに関する新聞報道

11月4日の三陸新報は梶原さんのトークイベントについてつぎのように伝えています。


梶原さん

三陸新報11月4日記事の一部イメージ

また、11月4日の河北新報オンラインも記事を配信していました。


◎「震災」という言葉

三陸新報の記事で、梶原さんは脚本家の安達奈緒子さんがドラマ中盤まで「震災」という言葉を使えなかったことに触れ、「安達さんは、震災を経験していないことに引け目を感じ、軽々しく使用できずにいた」と書いていますが、私の印象はちょっと違います。「引け目」という言葉を使ったかどうかわかりませんが、ニュアンスとしては、震災を直接的に経験していない自分(たち)が、東日本大震災をドラマで描くときに、「震災」という言葉を慎重に使いたかったということではないかと。

ドラマで描くのは震災そのものではなくて、震災が「おかえりモネ」の登場人物にあたえた変化や影響、その光と影であると。そして、それを脚本とするときに、「震災」という言葉をたやすく使ってはいけないと考えていたのだろうと思いました。

安達さんがドラマのなかで「震災」という言葉を初めて使ったのは第16週だったそうです。それまでは「あの日」とか「あの時」など。

この第16週というのは、2021年8月30日〜9月3日放送回。タイトルは「若き者たち」です。この第16週中9月1日放送の78回についてはつぎのブログで書きました。

2021年9月14日ブログ「若き者たちの言葉」

汐見湯でモネの幼なじみ5人とみーちゃんが、UFOの話でもりあがります。そのなかで三生が泣きながら「ねえ、俺ら、もう普通に笑おうよ」と語るのです。説明不要の印象的な場面。そして、この第16週放送で、「震災」という言葉が初めて使われたのです。


◎浅野さんの押印場面

三陸新報記事では、浅野忠信さんが演ずる信次が、妻の美波(坂井真紀さん)の死亡届に判を押すシーンが一発録りだったことを、〈ものすごい緊張感の中での撮影だった〉との梶原さんの言葉とともに紹介していました。

私の記憶でこれを補足すると、浅野さんは信次を〈演じている〉というよりも〈重なっている〉といってよく、このシーンの演技について梶原さんは浅野さんにおまかせしたと。たとえば、涙を流してほしいといったお願いもせず、涙が流れなくてもいいし流れてもよしということだったようです。

河北新報の記事では、〈梶原さんは「浅野さんが感じた通りに演じてほしい」と伝えたといい、「役者を信じることも演出では大切だ」と語った〉としています。

この場面のことをいま書いていて、津波で行方不明になっている信次の妻の名が〈美波〉であることに驚きました。当然のことながら、この名前の設定にも安達さんの意図というか込めたストーリーがあるのでしょう。〈三生〉にしても。


◎二人の越えられないライン

第4週「みーちゃんとカキ」で、お盆に帰省したモネとカキの研究に没頭する妹の未知/みーちゃんとの厳しいやりとりのことについても話されました。

梶原さんがこの場面で清原果耶さんと蒔田彩珠さんにお願いしたことはひとつ、お互いの距離を近づけないことだったそうです。二人の〈対比〉〈越えられないライン〉やそれぞれの〈孤独〉、つまりは(仏教などにおける)〈結界〉の表現として。

これを聞いて、なるほどなあと思いました。演出する側のキーワードというかコンセプトワードが〈結界〉だったのかと。


◎絶望の前の希望

印象に残ったのは梶原さんが語っていた〈絶望の前の希望〉という言葉。その希望の表現のひとつが、ゆずまつりのときに亀山でモネたち吹奏楽部が演奏した音楽「アメリカンパトロール」です。

その後の絶望。2011年夏、父がモネに語ります。〈あのさ。どうだろう。まだ(また)、吹いでみないが〉と。音楽とか、そういうのがこれから大事になってくるんじゃないかと。これに対するモネの言葉を梶原さんがテロップで紹介します。

百音「ちがうよ、お父さん」 
不意にサラリと。百音が言葉を吐く。
百音「音楽なんか、なんの役にもたたないよ」

ここは思い出すとぐっとくる。

絶望と希望/父と娘/姉と妹/祖父と孫娘。そうした対比的な関係と全体的な〈循環〉のイメージがドラマの基調としてあったのかなと。気仙沼/登米にしても同様に。

梶原さんの話のなかで、〈コインの裏表〉という言葉が何度かつかわれましたが、この対比関係についての象徴的なイメージとしてのコインなのでしょう。裏と表ではあるけれど、一枚のコインです。


◎バタフライエフェクト

梶原さんは、気象学者エドワード・ローレンツの「バタフライエフェクト(バタフライ効果)」の話を引用していました。梶原さんはたしか、〈中国で一匹の蝶がはばたくとアメリカで嵐が〉といったように紹介していたかと(もともとのローレンツの表現は、北京とテキサスとも)。

ドラマのなかで、この「バタフライエフェクト」という言葉が登場することがあったかどうか。たぶんなかったと思うのですが、森・川・海の連鎖や連環、そして気象の〈循環〉のイメージの背景にローレンツの言葉があったのですね。


◎ドラマがたちあがっていく

梶原さんは、ドラマづくりのステップにそって話してくださいました。初期ステップのロケーションハンティング(ロケハン)などの話も興味深いものでした。

初期においては、脚本を担当する安達奈緒子さんと演出陣とさまざまなやりとりはするものの、このドラマをどのようなものにするかまだ明確にはなっていないのです。しかし、ある時期に〈ドラマがたちあがっていく〉感覚をおぼえたといいます。

いいですよね、こういう感覚。制作陣の醍醐味といったところでしょうか。だからやめられないのでしょう。


◎新型コロナ

たしか質問に答えるかたちだったと思いますが、新型コロナについては、直接的にドラマのなかに取り込むことはしていないと梶原さんは語っています。ただし、途中から菅沼先生の専門領域が呼吸器であることが明らかにされたり、(最終回だったでしょうか)菅波先生が急に電話で呼び出されるシーンは、人によっては新型コロナ対応を連想するかもしれないと。


このほか、なにか書きたいことがあったはずなのですが、ちょっと思い出せない。この辺にしておきましょう。

梶原さんの話の根底に感じたのは、演技者や脚本家の皆さんに対する信頼とかリスペクトということです。その前提となっているのは、信頼できる方々をキャスティングしているのでしょう。そして、その信頼感をあらゆる局面で相手に伝えているのだと思います。それが梶原さんの演出術というか仕事の基本としてあるのではないかと。

梶原さん、お忙しいなかにあって、気仙沼での貴重なお話、ありがとうございました。オンライン配信のおかげで東京でも視聴することができたのはなによりのことでした。大変遅くなりましたが、心からお礼を申し上げます。これからの気仙沼も、どうぞよろしくお願いいたします。

◎参考

梶原さんのお話のなかで、演出陣のチーフである一木正恵(いちきまさえ)さんのお名前が一度登場しました。一木さんの演出回についての質問があったときだと思います。一木さんについては何度かブログに書いておりますが、その中からつぎのリンクをご参考まで。

2021年10月25日ブログ 一木さんの「note」

 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 梶原登城おかえりモネ

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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