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気仙沼の千葉周作

三陸新報11月22日の1面では、千田健一さんの日本フェンシング協会の会長就任を伝えていました。そして3面にも剣にまつわる話が。〈剣をとっては日本一に 夢は大きな少年剣士〉赤胴鈴之助ゆかりの人(とはいっても架空の話ですが)に関する投稿が掲載されていたのです。気仙沼出身で神奈川県在住の千葉富夫さんの「千葉周作生誕230年企画展を」と題する投稿です。


千葉周作

三陸新報11月22日掲載記事


北辰一刀流を創始した実在の人物、千葉周作が気仙沼生まれであるという話。これは以前にも聞いたことがあり、数ヶ月前のツイッターでも話題になっていました。

私自身は千葉周作気仙沼出生説について〈諸説あり〉中のひとつと思っていたのですが、どうも〈かなり本当の話〉らしい。

まずは投稿記事の主要部を引用させてもらいます。

〈千葉周作は「寛政の地震・大津波」の年(1793年)に気仙沼本郷(現八日町ワンテンビル付近)で生まれたとされています。5歳過ぎまで気仙沼に住み、その後は父親に連れられて親戚を頼りに古川荒谷の地で剣道の修行に明け暮れます。そして後に松戸に移動しますが、その後の活躍は知られている通りです。〉

〈千葉周作や弟の定吉の父親は馬医者で一関市千厩・大原周辺の出身、母親は気仙沼の人若しくは気仙沼で働いていた父親と同郷の人と思われます。また先祖は、本吉町馬籠の馬籠(千葉)氏と考えられますが詳細は不明です。〉引用は以上

◎Wikipediaでの記述内容

ウィキペディアでの「千葉周作」記述も、投稿の主旨と同様です。関連部分を引用しておきます。

・出自

先祖を辿れば桓武平氏良文流、板東八平氏の一つの名門千葉氏で、北辰流千葉常胤にたどりつく。

出生地には岩手県陸前高田市、宮城県栗原市花山(生まれも育ちも主張)の2説があったが、近年の研究により「宮城県気仙沼市本郷で生まれ、栗原郡荒谷村(現・宮城県大崎市古川荒谷)にて幼少を過ごした」とする説が最も有力視されている。

花山説は、『観光目的として自作自演を行った』と村の観光促進事業内部にいた研究者から暴露本(佐藤訓雄 剣豪千葉周作―生誕地の謎を明かす)を出版され、根拠としていた千葉吉之丞の墓は数年前に自ら埋めた捏造の墓石、さらに系譜も手が加えられた贋物だったことが判明し、これらは誤記や取材時の一部を抹殺したまま都合よく発刊された『千葉周作遺稿剣法秘訣』に沿った行動であるとされ、これに研究者などが問い合わせるも表だった反論はない。孤雲屋敷も、周作の父と親交があったとされる佐藤重太郎の家を移築したものであり、周作とは直接関係のないものである。

陸前高田市説は佐藤訓雄による「陸前高田市気仙町字中井の天満宮下で出生した」とする説だが、陸前高田市に周作の出生地とされる気仙町ができたのは明治8年のことで、時系列に決定的な疑問が残る。

気仙沼市本郷出生説にあっては、千葉3兄弟自筆の史料が発見されている。

父は千葉忠左衛門成胤(馬医者としての名は浦山寿貞)

周作の名は、江戸に出る際に、千葉吉之丞の孫の周作から借りたものである。また、父の名も千葉吉之丞の子の名を借りている。これは、気仙沼から逃れてきた事件と関係がある。また、弟と言われている定吉は、実は千葉吉之丞の孫の定作の変名である。これは、斗瑩稲荷神社隣の円明寺の過去帳から判明することである。

Wikipedia引用は以上です。


引用した内容中に「宮城県気仙沼市本郷」との記述がありますが、これは誤解を与えますね。これは下記の「北辰一刀流 千葉家」の記述にしたがえば「仙台藩領本吉郡気仙沼本郷」です。現在の気仙沼市の住所のひとつに「本郷」がありますが無関係。

三陸新報投稿での「現八日町ワンテンビル付近」との記述も限定しすぎのような印象もありますが、なにかまた別の情報があったのかもしれません。

◎ブログ記事「北辰一刀流 千葉家」

いろいろ調べてみると、千葉周作の出身地についてはブログ「千葉一族」中の「北辰一刀流 千葉家」の記述がもっとも詳しいようです。なかなかにおもしろい話が書かれています。つぎのリンクでお読みください。

ブログ記事「北辰一刀流 千葉家」

以上、長くなりましたが、北辰一刀流の創始者千葉周作の出身地が気仙沼であるとの話/資料編ということでお読みいただければと。

なお、『赤胴鈴之助』は私たち世代が愛読した漫画。投稿では、赤胴鈴之助のモデルが千葉周作というニュアンスで書いていますが、これはちょっと違い、赤胴鈴之助が弟子入りしたのが千葉周作の道場という設定だったと思います。細かな話ですが念のため。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 千葉周作

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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