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猪木さんと気仙沼

アントニオ猪木さんが10月1日に亡くなられたことは皆さんご存じのとおりです。本名は猪木寛至〈いのきかんじ)さん。79歳だったとのこと。猪木さんと気仙沼の関わりについて、10月2日の河北新報オンラインニュースが伝えてくれました。


記事では、2014年7月に気仙沼で開催された復興支援プロレスイベントの前に市内階上(はしかみ)地区を訪問したことが紹介されていました。写真には地福寺の当時のご住職片山秀光さんがうつっています。猪木さんの右側に臼福本店の臼井賢志さんも。

この慰霊塔前での写真は、猪木さんご自身が2014年7月25日のTwitterで紹介しています。河北新報の写真とは別カットのようです。


河北の配信記事では、階上の海岸近くに立つ「海の殉難者慰霊塔」と猪木さんの縁も紹介されていました。1974年の魚市場でのチャリティー興行を開催したときの収益から寄贈された150万円が慰霊塔建立に活用されたそうです。


◎2014年7月の復興イベント

2014年の復興支援プロレスイベントについて、三陸新報を調べてみましたら、同年7月20日と23日の三陸新報につぎの広告が掲載されていました。


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三陸新報2014年7月20・23日掲載広告


「元気祭り2014 in みやぎ」。第63回気仙沼みなとまつり協賛行事・東日本大震災復興チャリティイベントとして、7月24日に気仙沼市総合体育館で開催されました。入場無料でした。第1部がウルトラヒーローショー、第2部がIGFプロレス。IGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)は2007年に猪木さんが旗揚げした団体です。猪木さんとともにうつるプロレスラーはボブサップさんと藤田和之さん。


イベントの様子は7月26日の記事で紹介されています。

元気祭り
三陸新報2014年7月26日記事の一部イメージ


記事によれば、このチャリティイベントは、被災3県の7会場で開催されたそうです。気仙沼会場ではウルトルヒーローショーに約300人、IGFプロレスに1000人が足を運んだとのこと。猪木さんは「日本が元気になるには、気仙沼の元気が必要」などと挨拶してくれたとのこと。

またイベント翌日の7月25日の三陸新報「いそ風」では、猪木さんらが「海の殉難者慰霊塔」を訪れた様子を伝えています。


いそ風
三陸新報2014年7月25日記事より


河北新報の配信記事にもあった「海の殉難者慰霊塔」建設費寄付についてはつぎのように記しています。

「猪木さんと慰霊塔は縁がある。1974年(昭和49年)、猪木さんが所属する新日本プロレスが気仙沼興行を行った際、招いた新日気仙沼同好会がその益金150万円を慰霊塔建設費として、建設委員会に寄付。レスラーの熱いファイトが慰霊塔の一部になったのだ。」(引用は以上)

この気仙沼興行は1974年のいつのことだろう。気仙沼文化史年表にも記載がないのです。しかし、ネット上の新日本プロレスの試合履歴情報のなかにありました。1974年(昭和49年)9月7日気仙沼魚市場にて。魚市場のどこにリングを設営したのでしょうか。

なお前年の1973年(昭和48年)11月11日にも気仙沼の商港岸壁前広場で新日本プロレスの試合が開催されています。

私も今回はじめて知ったのですが、猪木さんと気仙沼はこうしたご縁があったのですね。

48年前の「海の殉難者慰霊塔」建設へのご支援、そして震災後の復興支援チャリティイベント開催など、気仙沼はアントニオ猪木さんに大変お世話になりました。

その御礼を申し上げるとともに、猪木さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : アントニオ猪木

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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