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1町9村 100周年

8月24日の菅原市長のツイートは、宮城県町村会の100周年記念式典についてでした。この日、仙台で開催されたとのこと。


2枚目の画像を興味深く拝見しました。当日の資料からだと思うのですが、現在の気仙沼市に至るまでの市内各町村の合併や町制施行などの経過がまとめられています。とてもわかりやすい。このように一覧となったものははじめて目にしました。

2枚目の画像はこれです。

なりたち
8月24日菅原市長のTwitter投稿より


T11(1922)と書き加えてあるのが、100年前、大正11年(1922)での区分けです。市長も書いているように、この時点では、現在の気仙沼市は1町9村でした。ばらばらとはいわないまでも、それぞれの議会をもつ地方自治体です。

1町9村はつぎのとおりです。

気仙沼町(けせんぬま)
鹿折村(ししおり)
松岩村(まついわ)
階上村(はしかみ)
新月村(にいつき)
大島村(おおしま)
唐桑村(からくわ)
御岳村(みたけ)
小泉村(こいずみ)
大谷村(おおや)

御岳村というのははじめて知りました。その後の津谷町なのですね。町名ということでいえば、新月村は、新城(しんじょう)の「新」と月立(つきだて)の「月」からできた村名だと思います。

◎100年前の南三陸町

この気仙沼市に関する資料をみていて、お隣の南三陸町の合併等経緯をまとめるとどうなるのだろうかと思いました。南三陸町は、2005年10月に志津川町と歌津町が合併して誕生しています。

Wikipediaの情報をもとにしてまとめてみると、大正11年(1922)時点ではつぎの1町3村のようです。

志津川町(しづがわ)
入谷村(いりや)
戸倉村(とくら)
歌津村(うたつ)

少し説明しておくと、志津川町は1955年3月に入谷村と戸倉村と合併して新制の志津川町となっています。つまり、1922年時点では志津川町/入谷村/戸倉村の1町2村です。

そして歌津町は1989年4月の市町村制施行で設置されて以降、2005年10月の志津川町との合併まで116年間にわたり一度も合併しなかったそうです。

以上の経緯を総合すると、現在の気仙沼市と南三陸町の2圏域は、大正11年(1922)時点では2町12村ということになりますね。

南三陸町と気仙沼市の合併はこれまでも課題とされながら実現することなく今にいたっています。このブログを書くにあたって調べ、100年前に町制をしいているのが気仙沼と志津川の2町であったことを知ると、ほかの12村とは違った心理というか意識もあるのかなあと感じました。

菅原市長のツイートに、〈郷土の発展に尽力されてきた我々の先人にあらためて敬意を表したいと思います〉とありました。各時代における各自治体の行政や議会関係者のご努力への敬意が感じられます。

そしてそこには、合併などによって、村長や町長など自治体首長という職がなくなったり、合併などによって議員定数が少なくなるなど、ある種の高いハードルを越えてきた皆さんへの敬意も含まれているのではないかとも。

一世紀前の1922年。気仙沼ではどんなことがおきていたのか。これもまた面白いテーマですが、日をあらためることにいたします。またの機会に。

2021年4月27日ブログ「合併前の人口推移」

 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 町村合併

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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