fc2ブログ

神明崎の漁港製氷

6月22日のブログ「魚町1号公園整備」で、あのお神明さん/五十鈴神社下の場所が私にとってはとても懐かしい場所であることを記しました。「このあたり、マップでいうと左上の角には乾物卸の斉富商店さんがあって、向かって右に全漁連の冷凍倉庫ビル、その右が遠間家の住宅、その隣には以前は製氷工場もありましたが、震災直前はどうなっていたか記憶が定かではありません」と。

本日紹介するのは、その製氷工場の写真です。昨年11月に仙台に住む兄が送ってくれたもの。まずはご覧いただきましょう。


漁港製氷

『宮城三陸・登米の昭和』(いき出版 平成31年刊)より


写真集『宮城三陸・登米の昭和』に掲載されていた写真とのこと。

砕かれた氷が道路をまたいで運ばれ、ホース状のパイプで船に積み込まれます。桟橋は木製。私の小さなころの桟橋はみなこんな感じでした。

それと写真の左側に外国車がうつっていますね。シボレーかなあ。

この写真の建物、とても懐かしいといいたいところなのですが、記憶にある風景よりもさらに古いような感じ。これはいったいいつ頃の写真なのだろうか。

はじめに申し上げておくと、かなり面倒くさい話になっております。ざっくりと目を通して、なるほど小田のいうとおり複雑な話だなと思っていただければ十分かと。それでははじめましょう。

◎漁港製氷

写真にうつる「漁港製氷」という名前について、「気仙沼市史」第4巻「近代・現代編」に「漁港製氷の創設」という小見出しでの記述がありました。

漁港製氷(株)は県会議員でもあった松山平兵衛が創設しました。昭和5年後半に施工、開業は昭和6年6月とあります。

「気仙沼文化史年表」(荒木英夫著)には、昭和5年9月15日「松山平兵衛・村井武らを発起人として漁港製氷株式会社創立」とありました。また昭和6年6月「気仙沼製氷株式会社開業」とも。上記の市史における漁港製氷開業年月と同じです。漁港製氷は気仙沼製氷に社名を変更したのでしょうか。

これらの記述では漁港製氷の所在地がちょっとはっきりとしません。市史には、漁港製氷が「現在も港町に存続している」とあります。創設当時も港町だったとは思うのですが、少し曖昧ですね。

◎朝日製氷所

ただし、上の市史や文化史年表にある漁港製氷の場所が写真にうつる神明崎でないことはたしかなのです。市史には「冷凍製氷事業の充実」という小見出しでつぎの記述がありました。

「気仙沼漁港製氷に次いで、神明崎に建設されたのが朝日製氷所であった。社長は大阪の人 笠原清太郎で、社員に臼井福治、境美代松、清水林蔵らが名を連ねた。氷の船積みに便利な場所なので、漁港製氷と競争関係にあった。」

この記述から推測するに、神明崎の製氷所は朝日製氷所としてつくられ、その後に漁港製氷となったとみてよいのではないかと。臼井福治さんは臼福の福治さんですね。

◎日本食料工業

上の市史記述には、朝日製氷所の設立年月がありません。しかし、その後の経緯について、つぎのように記しています。

「昭和9年、日本食料工業株式会社(「日本水産」系の会社)が進出し、12年気仙水力電気気仙沼支店の工場や三陸冷蔵、朝日製氷を吸収統合した。10年、朝日製氷は火災にあい、復旧後に吸収されたものであろう。(中略) 昭和12年、気仙沼の製氷能力は漁港製氷30、唐桑製氷20、日本食品工業50(『大気新聞』)とある。」

ここには朝日製氷所の名がありませんから、昭和12年の段階ではすでに漁港製氷となっているのではないかと。

なお、この記述中の「唐桑製氷」は、唐桑にあったわけではありません。昭和8年9月に唐桑と鹿折両村の漁業組合の名目で鹿折浜につくられました。それと、文中の製氷能力単位はトンだと思います。

この市史の記述では、「日本食料工業」と「日本食品工業」が混在しています。文化史年表では「日本食品工業」。また「後の日本冷蔵」とも付記しています。つまり、日本冷蔵となるまえに日本水産の時期がありました。日水から日冷へと分化。

そういえばということで、思い出したことがあります。昨年、臼井真人君(3年2組)と電話でお神明さん近くにあった製氷所の話をしていたときに、全漁連の隣にあったのは日冷の製氷・冷凍庫だと語っていました。このことだったのですね。

◎気仙沼文化史年表

朝日製氷所について、気仙沼文化史年表では2つの記述がありました。

昭和5年4月29日「朝日製氷所完成(創業は昭和4年8月)社長笠松清太郎」(出典:大気新聞)
昭和8年「神明崎に朝日製氷工場設立」(出典:気仙沼町誌)

社長名が市史では「笠原」、文化史年表では「笠松」と異なっています。どちらかが誤植でしょう。

◎要するに

昭和8年(1933年)に神明崎に朝日製氷の工場ができて、それは数年後に漁港製氷となりました。さらにその後、日本冷蔵傘下の製氷工場だった時代も。

1933年に製氷工場ができてから89年。その敷地はいま「魚町1号公園」として整備が進められています。

そんな歴史を知ってから魚町1号公園に行くと、ちょっとヒヤッとするかもしれません。ということで、今週はこれにて。

6月22日ブログ「魚町1号公園整備」

 
スポンサーサイト



テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 漁港製氷朝日製氷所

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示