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PIER7 海と生きる

気仙沼の内湾地区にある「気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ(PIER7)」の壁面バナー看板が6月から新しくなっています。そこに使われている写真はなんと「突きん棒漁」です。つきんぼう。

6月16日の三陸新報にも「突きん棒にお色直し」との見出しで看板が紹介されていましたが、ここでは、菅原市長の6月4日投稿を。


本日この看板変更を紹介したのは、16日の三陸新報記事に、写真にうつっている漁船と漁船員の名が記してあったからです。

記事はつぎのように紹介しています。〈市内唐桑町の第38漁徳丸(小野寺庄一漁労長)の乗組員・三浦秋浩さんが、銛(もり)でメカジキを狙う姿を収めた写真を使用。気仙沼市が掲げる震災復興のテーマ「海と生きる」の文字が入れられ、夏にぴったりな海の青さが目を引く〉。

◎庄一さんと秋浩さん

この「突きん棒漁」の写真、なんか見たことがあるなと思っていたのです。そして手元の気仙沼関係のあれこれを調べてみたら、この写真の出所がわかりました。2016年3月に一般社団法人リアス観光創造プラットフォームが制作し、気仙沼市が発行した「気仙沼メカジキ本」で使われた「突きん棒漁」写真のアザーカットでしょう。

全24頁中のP5・6の見開きで「突きん棒漁」がつぎのように紹介されています。


つきんぼう2

気仙沼市発行「気仙沼メカジキ本」(2016年3月)より


PIER7の写真と同じ緑のキャップに赤いアッパー。間違いなく三浦秋浩さんです。

左頁上の文章を引用します。

〈唐桑町崎浜地区の小野寺庄一さんは、東日本大震災の前年に脱サラして漁師となり、「突きん棒漁」の担い手となった一人。幼い頃、漁師のおじに淡い憧れを抱き、テレビで突きん棒漁師の活躍を見て、自分が目指す道を確信したそうです。小野寺さんは「一攫千金」の狩りって感じでカッコよかったんですよね」と話します。しかし、漁師として旅立ち始めた直後、唐桑の港を震災による津波が襲いました。甚大な被害を目の当たりにしながら、それでも小野寺さんは漁師としての生き方を突き通し、函館で新たな漁船を建造。ワカメの養殖も手掛けながら、突きん棒漁を続けています。
この日も、漁師となることを後押ししてくれたという同級生の三浦秋浩さんとタッグを組み出港、大物を仕留める手応えを求めて、海原を駆け巡ります。〉引用は以上

この文章を読んでからPIER7の壁面看板を見ると、「海と生きる」というメッセージの深みが増してくるのではないかと。

Stay with the Ocean。どうぞよろしく。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 突きん棒漁

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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