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大島中学校 校歌

気仙沼市立大島中学校は3月20日に閉校し、鹿折中学校と統合しました。閉校を伝える新聞記事の見出しには〈75年の歴史に幕〉と。つぎのブログで紹介しております。

3月23日ブログ「大島中学校が閉校」

統合後の鹿折中学の校歌や校章はそれまでの鹿折中のものを継承します。そのため、3月23日の閉校式で歌われた校歌は、在校生が歌う大島中学最後の斉唱となりました。

大島中学校の校歌は、2015年4月28日のブログで紹介したことがあります。そこでは三陸新報のシリーズ記事「学校紹介」に掲載されていたつぎの校歌画像を紹介しました。

大島中学校歌
2015年4月26日付け三陸新報より

2015年4月28日「大島中学校の校歌」

本日は、画像ではなくテキストとして正しい歌詞を紹介します。〈正しい歌詞〉とした理由はのちほど。


◎大島中学校 校歌

作詞 水上不二
作曲 芥川也寸志



波におどる太陽
かもめは雲と羽ばたく
太平洋 朝をよぶ風 この空
みどりの亀山 松の歴史
創造ひとえに われら学ばん
大島中学 理想ははるけし



窓ににおう黒潮
しぶきは虹と噴きたつ
太平洋 岩に咲くゆり この空
世界のくぐなり 砂のリズム
友愛いよいよ われら磨かん
大島中学 生気は満ちたり



沖にあがる歌声
電波は夢を織りなす
太平洋 星へとぶ魚 この空
真珠の灯台 海のしるべ
前進日に夜に われら励まん
大島中学 未来ははてなし


今回この記事を書くにあたって、YouTubeにあがっていた大島中校歌の動画を見てみました。三陸新報記事の歌詞と見比べながら聞いたのですが、一か所違っているところがありました。3番の1行目にある「歓声」が動画では「歌声」になっています。

これは「歓声」を「うたごえ」と読ませたのだろうか。ネットにまだある大島中学校のサイトを調べてみると、正解は「歌声」でした。ほかにも大島公民館だより令和4年3月号でも「歌声」。三陸新報の誤記だったのですね。当方の確認不足をお詫びします。ということで上掲の校歌歌詞では正しく直しました。


◎作曲は芥川也寸志さん

作詞は大島出身の水上不二(みずかみふじ)さん。そして作曲は芥川也寸志(あくたがわやすし)さん。芥川龍之介の三男です。

芥川さんは、この校歌発表会のために大島を訪れてくれました。「気仙沼文化史年表」にはつぎのように記されています。

昭和32(1957)年4月21日
大島中学校歌発表会、歌指導に音楽家芥川也寸志来る

さらにその26年後にも気仙沼へ。大島に立ち寄ったかどうかはわかりません。

昭和58(1983)年5月18日
芥川也寸志を招き宮城フィルの夕べ開かれる。

芥川也寸志さんは、1983年に宮城フィルハーモニー協会(現在の仙台フィルハーモニー管弦楽団)の音楽総監督に就任しました。その関係もあって気仙沼でのコンサート開催が実現したのでしょう。

本年3月8日の大島中最後の卒業式には、仙台フィルハーモニ管弦楽団のメンバー4人による弦楽四重奏での校歌演奏もあったそうです。また芥川さんの妻江川真澄さんも参列してくださいました。ありがとうございます。

仙台フィルハーモニ管弦楽団サイトの沿革には、芥川也寸志さんの「真のローカリティこそが世界に通用する」という言葉が紹介されていました。

この言葉、なにか大島中学校で学んだすべての人への〈贈る言葉〉にも思えてきます。

芥川さん、ありがとうございました。

3月17日ブログ「大島中学の卒業式」

 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 大島中学校芥川也寸志

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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