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3.11のありがとう

3月12日のNHK「ありがとうを3.11に伝えよう委員会2022」はご覧になりましたでしょうか。気仙沼でのいろんな人への〈ありがとう〉を伝えるこの番組は昨年に続いて2回目です。3月9日のブログで予告を紹介しました。

土曜日の午後5時10分からという微妙な時間帯でしたから見逃した人も多いかもしれませんね。私は録画で視聴。本日は遅ればせながら、放送内容のご紹介です。

◎つきちゃん登場

番組冒頭で驚かされました。同級生の大友(小野寺)つき子さん(3年9組)が登場したのです。つき子さんは内湾地区のスローストリート「結(ユワエル)」内で、「拉麺のみ処 あたみ屋」を経営しています。「あたみ屋」は、震災後に復興屋台村「気仙沼横丁」で営業していましたが、同横丁は2017年3月20日に全店の営業が終了。2020年5月18日に現在の場所で再出発したのです。つぎのブログで紹介しました。

2020年5月21日ブログ 「あたみ屋」再出発


つきちゃん


つき子さんは感謝の言葉をつぎのように述べていました。〈思い出すと、いろんなことが浮かびます。その時は、沢山の方の支援、応援、メッセージをいただき、本当にありがとうございます〉と語ったあとは感きわまりました。なお、画面左下にマスク姿でうつっているのは、南野陽子さんです。

先週、つき子さんに電話してみました。テレビ見たよと。つきちゃんは照れて、〈私がうづってテレビこわれながったすか〉とも。新型コロナでお店も大変だけどなんとかやっているよと。元気な様子でなによりでした。

◎幸史さんのありがとう

「ありがとうを3.11に伝えよう委員会」の委員長は気仙沼市役所の小野寺幸史さん。幸史さんは東京事務所に赴任していたことがありますのでよく知っています。目黒のさんま祭をはじめ多くのイベントでお会いしました。その幸史さんが〈ありがとう〉を伝えたのは市役所の先輩、気仙沼市建設部の佐々木守さんです。

幸史さんは別の取材名目で佐々木さんを陣山の気仙沼市復興祈念公園に同行します。公園内で震災時などの話をしている佐々木さんに、隠しておいた感謝状を取り出して読みあげました。


感謝状


佐々木守さんは震災後の区画整理などを担当している方です。幸史さんの感謝の言葉を書き起こしてみました。

〈佐々木守様  私にとって守さんは理想の公務員像で、仕事のいろはを教えていただきました。特にこの10年は、一筋縄ではいかない復旧・復興事業の最前線に立ち続け、私たち下の者にとって、どんな時でも模範であり続けてくださいました。まだまだお世話になること山積みですが、今日まで本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。小野寺幸史〉

佐々木さんはこれを受けてつぎのように語りました。

〈 ありがとうございます。避難前にすごくいいものをもらったや。よがった。感激しました〉と。

そして、震災時のことを思い出しながらつぎのように語ります。ときおり声をつまらせながら。

〈(内湾の風景をながめながら) 最初、あの震災の時にこれはどうしたらいいのかなっていうどころだったし、あらためて見ると感無量ですよね。

まだ、震災直後に、この町をどうするかがまだ分からない時に、その、避難しているおばあさんだったんだけど、「一緒に住んでいるおじいさんが末期がんだから、こんな避難先で死なれるんじゃなくて、家を建てたいんだ」と。「だから早く町をなんとかしてくれ」と言われて。

でもまだ計画ができていなかったからどうしようもない中で、「いい町をつくっから待っててくれませんか」って、説得っていうか理解を得ようとして頑張ったんだけど。「おじいさんがそれじゃ間に合わないから家を建てたい」って言われた時には、無力っていうか、どうしようもない中で、それをきっかけとして、どうやったら皆さんが戻って来られる町ができるのかなって、自分なりに頑張ったつもりなんですけど。〉(佐々木さんの言葉は以上)

市役所の職員が役所内の先輩に感謝ということを、〈内輪ぼめ〉と見る向きもあると思います。しかし私はよかったなと思いました。

あまり市民からほめられることのない市役所/行政の担当者の皆さんです。土地区画整理事業というさまざまな利害がからむ調整業務にあっては特にそうでしょう。遅いとか杓子定規な対応など、いわゆる〈お役所仕事〉への市民の反応がたやすく想像できます。

いろいろ言いたいこと、説明したいこともあると思うのです。そんななかで、市役所の後輩である小野寺幸史さんから、思ってもみなかった感謝状をいただいたわけです。佐々木さんは本当にうれしかったことと思います。

佐々木さんはいま建設部長。そしてこの年度末で退職です。幸史さんにとってみれば、公務員としての目標のひとりである佐々木さんに感謝の念を伝える最後のチャンスだったかもしれません。NHKの全国放送のなかでの感謝表明には迷いもあったことと思いますが、結果としてとてもよかった。震災から11年。被災地からのメッセージを伝える放送番組としても成功していたと思います。それをお伝えしたく。

◎佐々木徹君登場

幸史さんが、佐々木さんがうつっている数枚の写真を紹介してくれました。そのなかにまた気中同級生を発見してびっくり。佐々木徹君(3年1組)です


さんま祭


これはたぶん目黒のさんま祭のときのバスの中ではないか。そう思って徹君に確認してみたらやはりそうでした。いつの写真かはよくわからないと。

右端が佐々木守さん。その左が徹君です。正面が幸史さん。左端は徹君によれば、いつも大根おろしを担当してくださっている佐藤仁さんという方とのことです。

なんでこの写真が選ばれたのかはわかりません。目黒のさんま祭の帰りにビールを飲みながら市役所職員の心得について指導を受けていたのかもしれませんww

「ありがとうを3.11に伝えよう委員会2022」については以上です。このほか、3月11日前後のことについてはいろいろと書きたいもあるのですが、今後おりにふれてということにいたします。

ありがとうを3.11に誰に伝えるか。私ならどうするか。それはなかなか難しいですよね。ただ、3月25日が報道ステーション最後の出演となった富川悠太さんがそのひとりであることは間違いありません。それについてはまたあらためて。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 小野寺幸史佐々木守

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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