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ブルース碑 再設置

ちょっと前の記事になりますが、1月21日の三陸新報に、港町ブルース歌碑の再設置に関する話が紹介されていました。

ブルース歌碑

三陸新報1月21日記事の一部イメージ


この歌碑の復活については、昨年2月13日にも同紙が報じていましたが、今回の記事で新たにわかったことがあります。設置場所が、関係者との協議の結果、港町の〈かもめ食堂〉向かい岸壁になったとのこと。

もうひとつ、土台は新造するが、花崗岩でつくられた歌碑やスクリュー型の装飾品などは以前のものを手直しして使うということ。昨年の三陸新報記事では、〈台座の上に歌碑を鎮座させる予定で、いかり、スクリューなどは設置しない方向〉と記されていたので、私はちょっと心配していました。

そのことを昨年2月16日のブログに記しております。参考までその記事を再掲します。


2021年2月16日ブログ再掲

◎ブルース歌碑再建

気仙沼の「港町ブルース」歌碑が再建されるそうです。2月13日の三陸新報記事で知りました。


港町ブルース
三陸新報2月13日記事の一部イメージ


「港町ブルース」の歌碑があったのは、南町海岸「港ふれあい公園」。私にとっては、〈エースポート脇の広場〉です。

近くに人が立つとメロディーが流れるこの歌碑は2000年10月に建立されました。しかし東日本大震災の津波で被災。現在は市の「クリーン・ヒル・センター」で保管されているそうです。

記事によれば、再建にあたっては台座の上に歌碑を鎮座させる予定で、いかりやスクリューなどは設置しない方向とのこと。

ありゃま。それでいいのかなあ。せっかくスクリューやいかりが残っているのだからそれを活かしての再建という考えもあるのではないかと。ステンレス製であれば磨けばいいし、記事にもある「内湾地区復活のシンボル」としての意味も明確になるのではないでしょうか。正直にいって、〈台座の上に歌碑を鎮座〉させるだけではちょっとつまらない。

記事にはありませんが、あの歌碑の作者は弁天町〈ヤマヨ常山商店〉の常山俊明さん。お会いしたことはないのですが、常山さんは家業のかたわら絵画などの作家活動もしているはずです。

この再建にあたって、常山さんに相談しているのでしょうか。私は、この歌碑が常山さんの〈作品〉だからスクリューなども活かすべきだと言っているのではありません。それらを活かしてこその〈再建〉だろうし、残ったものを作家自身が再構成してもよいでしょう。

記事には、再建費用には東日本大震災復興支援寄付基金繰入金を活用する計画で、開会中の市議会2月定例会に設置費用を提案しているとありました。費用ほかいろいろなことがあるとは思いますが、〈原型復旧〉の方向もご検討いただきたく。

なお、2016年5月のブログで、被災した歌碑のことを書いております。

このほかにも「港町ブルース」にまつわる話を書いているのですが、あらためて紹介することにいたします。

2016年5月9日ブログ「港町ブルース歌碑」

 
再掲内容は以上です。この昨年のブログでは末尾に2016年5月9日ブログのリンクもはっておきました。金曜日ということで、その記事も再掲しておきましょう。ついでということで。


2016年5月9日ブログ再掲

◎港町ブルース歌碑

ゴールデンウィークも終了し、またいつもの一週間が始まりました。本日紹介するのは、3月19日の三陸新報シリーズ記事「あの日のまま」の写真。


ブルース
三陸新報2016年3月19日記事「あの日のまま」より


気仙沼内湾にある巡航船発着所〈エースポート〉の広場にある〈港町ブルース〉歌碑の現在の姿です。なんとか流出を免れていたのですね(それとも、流れたのをここに戻したのか)。

『気仙沼文化史年表』には、〈平成12(2000)年10月9日 南町海岸「港ふれあい公園」に森進一を迎え、「港町ブルース歌碑」の除幕式〉との記載がありました。16年前、森さんご本人が来市されたのです。

あの広場は〈港ふれあい公園〉だったのか。たしか、歌碑に人が近づくと〈港町ブルース〉のメロディーが流れたはず。森さんの歌だったと思いますが、記憶に自信がありません。

正直な話、私はこの歌碑があまり好きではなかった。気仙沼にお出かけいただいた観光客の皆さんに向けたものであることはわかるのですが、港町ブルースの歌詞に気仙沼が入っていることを誇ってどうするんだと。

いまはどうですかと問われれば、よろしいんじゃないでしょうか(笑)。私も流した涙の数だけ大人になって、世の中にはいろんなことがあるとわかるようになりました。ここはひとつ、みなさんご一緒に。

流す涙で割る酒は
だました男の味がする
あなたの影をひきずりながら
港、宮古 釜石 気仙沼

作詞:深津武志(補作:なかにし礼)
作曲:猪俣公章

三陸新報の記事には、防潮堤建設の関係でこの歌碑の移転保存が検討されているとありました。きれいに直すのか、被災の姿を残すのか。これはこれで悩むところで、さまざまな考えがあると思いますが、この歌碑に大津波の記憶がしっかりと刻みこまれていることは間違いないでしょう。

再掲内容は以上です。

このほか、〈港町ブルース〉について書いたブログがもっとあるのですが、またあらためて。さすがに長くなりすぎますので。

どうぞ良い週末をお過ごしください。今週はこれにて。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 港町ブルース森進一

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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