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早馬神社の800年

きのうのブログでは、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも登場する梶原景時(かげとき)の兄、梶原景実が気仙沼市唐桑町の早馬(はやま)神社を創建したということを紹介しました。

1月24日ブログ「鎌倉殿の13人」

本日は、この早馬神社の800年の歴史についてです。2019年10月3日ブログ「早馬神社の800年」を以下に再掲します。一部に2019年の年号表示を( )に入れて追加しております。


2019年10月3日ブログ再掲

◎早馬神社の800年

(2019年)9月29日の三陸新報に気仙沼市唐桑町の早馬(はやま)神社の広告が掲載されていました。「早馬神社御鎮座八百年 奉祝記念事業完遂報告」。


早馬神社
三陸新報(2019年)9月29日掲載広告より


冒頭には早馬神社の由緒などが記されています。少し引用します。

「早馬神社は1219年、鎌倉武将 梶原景時(かげとき)の兄である梶原景実(かげざね)により創建されてから、御鎮座八百年の佳節を迎えました。衣食住の守護神の他、鎌倉幕府編纂の歴史書『吾妻鏡』には、初代、景実が源頼朝公の直々の命によって、ご夫人である北条政子の安産祈願を執り行う中、無事、男子(2代将軍源頼家公)を出産したことが記され、史実より今も多くの安産祈願・成長祈願の参拝者が訪れます。」(引用は以上)

ネットのWikipediaの「梶原氏」の説明文のなかにも、「唐桑梶原氏」の項目がありましたので引用します。

◎唐桑梶原氏
宮城県気仙沼市唐桑町。梶原姓が100軒を超える日本最大の梶原姓の集落。梶原景時の兄で、鶴岡八幡宮(鎌倉若宮)の臨時別当に就任した梶原専光坊景実(かげざね)が梶原一族の没落、和田氏、畠山氏の没落の後に鎌倉を離れ、蝦夷千島を目指す途中、本吉高衡(藤原高衡)ゆかりの宮城県気仙沼市唐桑町石浜に土着した。景実は梶原一族の冥福を祈り、菩提を弔うため梶原堂(梶原神社)を建てた。のち一族の梶原景茂の子、大和守景永は景実の所在を尋ねてこの地に至り、景実の猶子となって神職となり早馬神社を創建した。以来33代、子孫が現在まで連綿と続いている。(Wikipedia引用は以上)


当代の梶原忠利宮司からさかのぼると鎌倉時代の梶原景実にいきつくということに驚きます。また景実が、鎌倉の鶴岡八幡宮の臨時別当をつとめていたことがあるというのも興味深い。

(2019年)10月6日(日)の八百年大祭における神輿渡御では、いかにも唐桑らしく船を用いての渡御がおこなわれます。宿浦港を出て鮪立(しびたち)港へ、そして小鯖(こさば)港に寄って宿浦に戻ります。また、奉納芸能もすばらしい。鮪立大漁唄込、宿(しゅく)打ち囃子獅子舞、松圃(まつばたけ)虎舞、崎浜大漁唄込と続きます。このように神社の祭に奉納される芸能こそがまさに「芸能」の名にふさわしいように思います。

早馬神社の8世紀にもわたる歴史のなかには、東日本大震災をはじめ多くの災難もあったことでしょう。そうした難局を、代々の神職はもちろんのこと、氏子をはじめ地域の皆さんの力でのりこえてきたに違いありません。このたびの拝殿屋根替えほかの八百年奉祝記念事業もその歴史のなかの一里塚となることでしょう。

そんなこんな、鎌倉時代から令和のいまに至る歴史に思いをはせつつ、早馬神社御鎮座八百年のお祝いを申し上げます。

(再掲内容は以上)

昨日のブログ内容と重なる部分もありますが、早馬神社800年と、その宮司として連綿と代を継いできた梶原家の歴史の一端ご理解いただけるのではないかと。また、同神社の長い歴史は唐桑という地域の歴史とも重なりあっており、そこに暮らす人々の誇りのひとつになっているのではないかとも。

なお、2019年10月3日のブログでは、2つの関連ブログのリンクを末尾に記しておりますのであらためて紹介します。

①詩人 梶原しげよ

気仙沼市唐桑出身の詩人、梶原しげよさんは現在の33代梶原忠利宮司の叔母さんにあたります。32代宮司 梶原重義さんの妹です。2017年9月にお披露目された梶原しげよギャラリーのことなどを紹介しています。

2017年9月8日ブログ「詩人 梶原しげよ」

②神様あそばせ

私たちの世代であれば、「神様あそばせ」という言葉ぐらいは知っていることでしょう。早馬神社における日籠(ひごもり)と神様遊ばせについてつぎのブログで紹介しました。

2016年2月16日ブログ「日篭・神様遊ばせ」

以上、2回にわたる早馬神社と「鎌倉殿の13人」に関しての話は一区切り。同ドラマに中村獅童さん演ずる梶原景時さんが登場するのを楽しみに待つことにいたしましょう。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 早馬神社梶原しげよ

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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