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理佐子さんの随想

11月3日の三陸新報「リレー随想」の筆者は、熊谷理佐子さんでした。タイトルは「私の好きな気仙沼の景色」。


リレー随想

三陸新報11月3日記事の一部イメージ


文章は、〈私には、いくつかお気に入りの景色がある〉と始まり、気仙沼のすてきな場所というか場面を紹介していきます。その描写がとても絵画的です。きっと、気仙沼で育ったひとなのだろうと想像していたら違いました。

〈祖父が一生懸命、海で働いて建てた唐桑の家にいつかは帰りたい、と夫は結婚当初から言っていた。そんな言葉に一大決心で、東京から親子で越してきて11年がたつ〉。

東京からご主人の故郷である気仙沼市唐桑へ。そうだったのか。そしてさらに読みすすむと筆者紹介に、〈東京都出身。東京外国語大学卒業〉とありました。あれっ、と思ってお名前をもう一度みてみると〈熊谷〉です。そうか、熊谷千寿(ちとし)さんの奥様、理佐子さんでしたか。

熊谷夫妻にお会いしたことはないのですが、お二人がうつっている画像がこのブログに一枚だけあるのです。これです。





気仙沼市の英語版公式フェイスブック(FB)ページ「KESENNUMA - BUILDING FOR THE FUTURE」本年3月28日の最終投稿です。大漁旗の写真左下にうつっているのが熊谷理佐子さんと千寿さん。熊谷夫妻は、このFB制作ボランティアチームのメンバーだったのです。

熊谷千寿さんは、唐桑中学出身。気仙沼高校38回生ですから私たちよりも16学年下になりますね。東京外国語大学を卒業し、現在は海外ミステリー小説などの翻訳家として広く知られています。唐桑に引っ越してきたのは2010年3月と聞いています。震災のちょうど1年前。

熊谷夫妻が東京外国語大学時代の同級生同士と教えてくれたのは、同じく同級生でFBボランティアメンバーでもあった高田さんです。つぎのブログで詳しく紹介しました。

4月20日ブログ「グレートチャレンジ」

理佐子さんにとって、東京から唐桑に引っ越すことを決めた〈一大決心〉。それも〈グレートチャレンジ〉だったことでしょう。

理佐子さんは文中で、このすてきな景色を見せてくれた気仙沼の人との出会いについても記しています。〈温かい人たちがくれた一言で、私の気仙沼での生活風景も多彩になった〉と。そして〈その一言がなかったら、全く違った景色が見えていただろう〉とも。

熊谷さん家族が、さらに気仙沼のすてきな景色を見つけられるようにと願っております。色彩に満ちた、すてきな〈随想〉をありがとうございました。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 熊谷理佐子熊谷千寿

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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