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1958年の日食

5月21日(月)は、日本列島全域で日食を観測できるとのこと。地域によって欠け方が違い、気仙沼では部分日食となりますが、東京では金環日食となります。

みんな覚えているだろうか、気仙沼小学校の校庭で日食を経験したときのことを。

私の記憶ではこうです。まず、授業かなにかで観測用のフィルターを作成しました。顕微鏡用のガラス板〈スライドガラス〉をろうそくの火であぶり、ススをつけるのです。ピンセットではさんだんでしょうね。先生から〈手でもづんすなよ。やげどすっから〉などと言われながらね。

日食当日は、その〈スス付きガラス〉か、黒など色のついた下敷きをもって、校庭に出ました。ガラスは大変なんだよ、手にススがついてさ。またそれが着ているシャツについたりして。日食が始まるまでは、手についたススを〈ツゲッツォ〉と友達を追いかけたり〈ヤメロ〉と逃げる男子、そして〈ヤメライン〉と注意する女子といった風景がくりひろげられたのでしょう。

日食が始まると、あの広い気小の校庭がだんだんと暗くなっていきます。不思議な光景。昼なのに夕方の気分。ただの夕方とも違うだよね。そんな風景を静かにながめていたか、わけもなくみんな走り回ったか。いま思い出せるのは、なにか神秘的な雰囲気だったということだけです。5分くらいもそんな感じが続いたでしょうか。

いつのことだったろうかと調べてみると、1958年のことのようです。気小1年生。私の記憶では3年生とか4年生なのですが。1957年や1963年にも日食がありましたが、早朝のことで時間の記憶とあいません。

1958年4月19日、仙台のデータによれば、午前11時37分から日食が始まります。そして午後1時22分に太陽の欠けは最大となります。食分0.82といいますから、直径の82%まで欠けました。

日食
1958年4月19日、仙台での最大食分イメージ http://star.gs/njkako/njkako.htm より

2時57分、日食は終わりを迎えます。私たちはまたいつもの時間に戻って、遊んだか、教室に戻ったか。とにかくそれは、自然、宇宙がつくりだす神秘的な時間でした。
ま、私の記憶が確かであればですが(笑)。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 日食 気仙沼小学校

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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