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鮎貝家の落合直文

1月25日のブログで、初代気仙沼町長をつとめた鮎貝盛徳さんの書/屏風を紹介しました。

1月25日ブログ「鮎貝盛徳 屏風半双」

このブログのなかで、盛徳の次弟が、明治時代の国文学者で歌人としても知られる落合直文(なおぶみ)であることを記しました。直文は、国学者・落合直亮(なおあき)の養子となったことにより落合姓となっています。

下記に紹介する河北新報の記事によれば、直文7歳の時に仙台藩が戊辰戦争で敗れます。直文の父は、仙台藩伊達家重臣の鮎貝太郎平盛房です。実家、つまり鮎貝家は困窮したということです。養子となったことの背景のひとつといえるかもしれません。

落合直文は1861年11月に生まれ1903年に43歳でなくなりました。今年は、生誕160年ということになります。

三陸新報元日号の企画頁につぎの記事が掲載されていました。後藤美咲さんの署名記事。


落合直文

三陸新報1月1日記事の一部イメージ


落合直文の功績については、この記事にも紹介されていますし、ネットでも多くの情報を得ることができますので細かな話は省きます。ここでは、直文が古来の和歌の世界を改革し、近代短歌の源流を生みだした一人であることのみ記しておきます。つぎの河北新報の記事もご参考まで。気仙沼総局/鈴木悠太さんによる記事です。

河北新報2020年5月1日配信記事

◎近現代歌人系譜

三陸新報の記事には、明治26年/1893年に落合直文が結成した短歌結社「浅香社(あさかしゃ)」から始まる近現代歌人系譜が掲載されていました。

系譜
三陸新報1月1日記事より


短歌についてよく知りませんが、与謝野鉄幹『明星』の下には、与謝野晶子、石川啄木、高村光太郎、北原白秋など、私でも知る人の名が連なります。また、尾上紫舟の下の名をたどっていけば、若山牧水や前田夕暮(ゆうぐれ)の名も。さらに前田夕暮『詩歌』には気仙沼の歌人、熊谷武雄の名も記されています。

落合直文は、つまりこういう人でした。

◎近代短歌における「恋人」

三陸新報の記事で落合直文は、「恋人」という言葉を短歌で初めて使ったと紹介されています。みなさんよくご存じのつぎの歌。

砂の上に わが恋人の名をかけば 波のよせきて かげもとどめず

短歌ではじめてというのは、あくまで近代短歌ではじめてということでしょう。こうした表現ができるような短歌の世界を落合直文らが創造したということかもしれません。この歌は明治33年に直文の弟子である与謝野鉄幹が発行した『明星』に掲載されたそうです。

「恋人」という言葉がこの短歌で初めて使われたとの話は、前田透の『落合直文』に記されていることのようです。歌人前田透は、前田夕暮の長男。夕暮の死後に『詩歌』を継承しています。

◎JR南気仙沼駅前の歌碑

昭和63年/1988年9月、気仙沼南ロータリークラブが創立20周年記念として、この「恋人」の歌碑をJR南気仙沼駅前に建立しました。この碑には〈「近代短歌史上「恋人」という翻訳語名詞を日本で最初に使った落合直文の歌〉とあります。これが正確な紹介なのかもしれません。

今、この歌碑はどこにあるのか。〈波のよせきて かげもとどめず〉ということではありません。草がはえるだけの駅前広場にこの碑がうつる2013年の画像をネットで確認できるのです。しかしいまもそこにあるのかどうか。市の総合体育館「ケーウェーブ」の近くにあると聞いたような覚えもあるのですが。

◎落合直文生誕160年祭

気仙沼の落合直文顕彰会は、今秋に「落合直文生誕160年祭」を企画しています。顕彰会の現会長は、このブログでも大変お世話になっている『気仙沼文化史年表』の著者で元気仙沼図書館長の荒木英夫さんです。

三陸新報元日号の記事のなかに、荒木さんのインタビュー内容がありました。そのなかで、お気に入りの一首をと求められた荒木さんがあげた短歌を紹介します。

父と母と いづれがよきと 子に問へば 父よといひて 母をかへりみぬ

いいね。この歌も、短歌革新のひとつの成果ではないかと。

◎新規コロナ感染者

きのう2月4日、気仙沼市での感染者1名の発表がありました。70代男性です。県の発表によれば接触歴は調査中とのこと。累計感染者数は56例です。

(2/5 午後7時追記:本日夕方に、気仙沼市での感染者5名の発表がありました。県からの発表内容に校名はありませんが、2月3日に発表された1名の感染者と同じ気仙沼向洋高校の生徒です。県内66例目のクラスターとして認識されたとのこと。累計感染者数は61例となりました。)

2017年11月20日ブログ「鮎貝家煙雲館庭園」
 
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 落合直文鮎貝家煙雲館

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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