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鮎貝盛徳 屏風半双

1月13日の三陸新報に掲載された、気仙沼市古町の古美術骨董店「車屋」さんの広告で「鮎貝盛徳 初代気仙沼町長(松園)の屏風半双」が紹介されていました。

鮎貝盛徳
三陸新報1月13日掲載広告より


鮎貝盛徳については、つぎのブログで紹介したことがあります。

2017年11月20日ブログ「鮎貝家煙雲館庭園」

このブログ内容をベースに、鮎貝盛徳さんがどのような人だったのかをまとめておきましょう。

◎鮎貝家系譜

松岩地区にある煙雲館は仙台藩上級家臣、鮎貝氏の旧居館です。鮎貝盛徳の父は鮎貝(太郎平)盛房。盛房は戊辰戦争において新政府軍との戦いにも参加しました。そして盛房の長男が、鮎貝盛徳(号は松園)です。上述したように気仙沼町の初代町長で、2代目の松岩村長もつとめています。初代松岩村長は父である盛房です。

盛房の二男で盛徳の次弟が、明治時代の国文学者で歌人としても知られる落合直文(なおぶみ)です。直文は、国学者・落合直亮の養子となったことにより落合姓となりました。

そして盛房の三男が、古代朝鮮の歴史や民俗の研究でも知られた歌人 鮎貝房之進(号は槐園/かいえん)です。

長男である鮎貝盛徳は鮎貝家13代目。気仙沼市史第3巻に掲載されている系図によれば、14代が鮎貝盛成、15代が鮎貝盛益です。盛益さんは、松岩村長、宮城県会議員、宮城県会議長をつとめました。

前置きが長くなりましたが、本題は鮎貝盛徳さんの書。私としては、その巧拙ではなく、以上に紹介した系譜を念頭に、直文や槐園のお兄さん、そして〈実家〉当主の書としてながめると興趣がわいてくるような気がいたします。

書に記されている字を見ると、霞、水、桃、樹、山、月、雲、梅、香、薫などが目につきます。煙雲館からながめた風景について記したのでしょうか。左下に落款(らっかん)として記されている署名は「煙雲館松園 書」でしょうか。

◎屏風の数え方

車屋さんの広告に「屏風半双」とありました。これは屏風(びょうぶ)の数え方で、二曲、つまり2枚の書からなる屏風1セットのことのようです。同様の二曲屏風がもしあれば、2セット全体としては屏風一双。

屏風の数え方はなかなか難しい。基本としては2セットということなのでしょう。

なお、広告の写真を見ると、2枚のそれぞれに落款としての署名と印がありますね。これをみると、はじめから屏風の書としたものではなく、単独の書としてあった2枚を二曲屏風にしたてたということかもしれません。

以上、ややこしい話ですみません。まるで〈なんでも鑑定団〉。番組であればそろそろ〈オープン・ザ・プライス〉というところですが、本日はここまで。どうぞ、車屋さんにおたずねくださいますように。本日はこれまで。

2018年1月26日ブログ「車屋」の菅原さん

◎新規コロナ感染者

1月23日(土)に気仙沼市民4名の感染が発表されました。いずれも外国籍で20代男性1名、20代女性3名です。

また1月24日(日)にも市民4名の感染が発表されています。40代女性、20代男性、60代女性、40代男性です。40代女性と20代男性(外国籍)は食料品製造業施設滞在者とのことです。

県が発表した「感染拡大に影響があると推測される事項」には、この施設では作業中の衛生対策はなされていたものの、昼食等の休憩時間における換気が不十分であったり、マスクを着用しないで会話をしている状況があったとの記述がありました。私たちの注意事項にもしたいところです。気仙沼市内の累計感染は42例です。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鮎貝盛徳 車屋

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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