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田中仙吉さんの話

今日はこれまで2度紹介してきた三陸新報での守屋洋さんの投稿記事について。

前回12月25日のブログでは、連載2回目に記された畠山保雄弁護士について紹介しました。本日は、3回目記事にその思い出がつづられている田中仙吉さんについてです。


10:30田中さん
三陸新報2020年10月30日記事より


前回の畠山保雄さんと同じく、田中仙吉さんも弁護士です。

守屋さんは、〈仙吉さんは、また面倒見のいい人でもあった〉と気高同窓会に関することを書いています。〈気高同窓会東京地区〉とあるのは、正式には気仙沼高校関東同窓会のこと。田中仙吉さんは同会の会長を長くつとめましたが、病のために入院することになり、守屋さんにその後を託したというのです。

仙吉さんは、気仙沼図書館の初代専任館長である菅野青顔さんの実子/長男です。田中家に養子として入りました。

『追悼 菅野青顔を語る』(1990年 菅野青顔追悼集刊行委員会発行)のなかに、田中仙吉さんの「父なる青顔のこと」と題する文章が収録されていました。

その文のなかに、「汝は幸福者」という見出しで、父である青顔さんからの手紙に同封されていた鉛筆書きの文章が紹介されています。

そこには、4人の父親名を列記した後に「天下広しと雖(いえど)も4人のオヤジを持った者が一人としてあるか、それだけでも汝は世界一の幸福者だ、文句言うまいぞ!」とあったそうです。

そして仙吉さんは、つぎのように記しています。

〈因みに、その親父4人とは、①生みの親=菅野青顔 ②名付け親=辻潤(ダダイスト) ③養父=田中康一(千葉大名誉教授・ドイツ文学専攻、家内の叔父で養父) ④義父=田中完義(元志津川町長・医師、家内の実父)のことである。〉(引用は以上)

守屋さんは、〈柄でもない会長職をしばし務めることになったのだが、それから間もなく仙吉さんが亡くなった〉と記しています。

気高関東同窓会の事務局は以前、東京・四谷の仙吉さんの法律事務所にあり、同窓会の案内状には長く会長としての田中仙吉さんのお名前がありました。それが守屋洋さんの名に代わってから間もなく亡くなったということなのですね。

それはいつのことだったのか。菊田裕美君(3年1組)と武山健自さん(気中41回・気高43回)に聞いてみました。1998年11月11日がご命日でした。健自さんは、田中さんの法律事務所にいて関東同窓会の会長もつとめた小野寺孝成さん(気高27回)にも確認してくれました。裕美君は、1999年10月21日におこなわれた三回忌法要にも参列したとのことです。

田中仙吉さんのご葬儀で、守屋さんは自分から買って出て弔辞を読ませてもらったそうです。それが今でも、せめてもの慰めになっているとのこと。いまから22年前のことです。

2016年5月20日ブログ「菅野青顔図書館長」

2020年11月30日ブログ「守屋洋さんの投稿」
2020年12月25日ブログ「畠山保雄さんの話」
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 田中仙吉 守屋洋

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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