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畠山保雄さんの話

きのう12月24日、あらたな気仙沼市民2人の新型コロナウイルス感染が発表されました。20代と40代の男性会社員とのこと。これで気仙沼市累計11人となりました。東京は同日888人でした。なかなか落ち着きませんね。

さて。11月30日のブログで、中国文学者である守屋洋さんの三陸新報投稿記事を紹介しました。

11月30日ブログ「守屋洋さんの投稿」

守屋さんは1932年生まれで気仙沼高校3回生。この投稿では、気仙沼高校時代の同期生の思い出話などを4回にわたってつづっています。

本日紹介するのはその2回目「思い出すままに 畠山保雄君のこと」です。


10:28畠山保雄さん
三陸新報10月28日記事より


畠山保雄(もりお)さんが所属していたのは、企業法務を中心としている丸の内総合法律事務所。多くの著名企業を顧問先としていることで知られています。

守屋さんの文章のなかで私が驚いたのは〈彼は企業弁護士としては日本でもトップクラスであった。ついには最高裁判事の候補に挙げられ、最終選考まで残っている〉という記述です。これは伝聞情報でしょうが、畠山弁護士が代表パートナーをつとめていた丸の内総合法律事務所に関する情報をみて、なるほどと納得しました。

同事務所は、1950年に松本正雄法律事務所として設立されましたが、1967年に松本弁護士が最高裁判事に就任したことにより、事務所名を「丸の内総合法律事務所」に改称し、畠山保雄弁護士を代表とするパートナー制の事務所となったそうです。

多くの弁護士が所属する法律事務所で、その代表に就任したということは、力量、識見にすぐれ、人望もあったということでしょう。

なお、気仙沼高校同窓会名簿によれば、畠山保雄さんは東北大学に進んでいます。気仙沼高校から東北大に、そして弁護士ということは、小松亀一君(3年6組)の大先輩ですね。

◎えひめ丸事故

守屋さんは、畠山さんから聞いた話のひとつとして、〈日本の漁船がハワイでアメリカの潜水艦に衝突されて死者を出すという事件〉を紹介しています。これについては、少し補足が必要です。

この事件というか事故は、2001年に愛媛県立宇和島水産高校の練習船「えひめ丸」が米海軍潜水艦「グリーンビル」に衝突され教員5人と生徒4人が亡くなった事故のことです。畠山さんは、「(愛媛)県・被害者グループ弁護団」の団長として米海軍との補償交渉にあたりました。

時事通信によれば、交渉から1年半で米海軍と正式和解が成立し、米側が総額1390万ドル余(約16億7000万円)の賠償金を支払うことになったそうです。

投稿文の末尾に〈保雄君とは小学校時代から一緒だった〉とありました。階上(はしかみ)小、階上中ということでしょう。そして〈思い出すたびに感謝の念がこみあげてくる〉と結んでいます。

新聞報道によれば、畠山保雄さんは2011年9月17日に78歳で亡くなりました。肝臓がんだったとのことです。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 畠山保雄 守屋洋

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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