大堀銀座の現在

連休後半、5日の〈銀座柳まつり〉そして6日の〈自由が丘スイーツフェスタ〉では、「気仙沼・南三陸震災復興キャンペーン(首都圏誘客キャラバン)」も行われ、両日とも大谷の保存会による大漁唄い込みやドヤ節が披露されました。〈ホヤぼーや〉の人気も急上昇中。私は行けなかったのですが、妻が手伝いにでかけ、両日とも多くの人が集まって大盛況だったと語っておりました。

さて今日は、連休前半に気仙沼へ帰った妻が撮った写真を紹介しましょう。

大堀銀座2 大堀銀座1
2012年4月30日撮影(クリックで拡大)

魚町から八日町方向に撮った大堀銀座の交差点です。妻の親戚の建物から撮ったもの。写真右下、角にナガサワがあったあの一画がいまはなにもありません。右上角には、左から同級生鈴木(佐々木)真知子さん(3年4組)の実家〈佐々木金物店〉や〈武山米店〉などが一階を津波でさらわれながらもかろうじてたっています。

私たちが小学生のころは、ここは気仙沼の一等地でした。大堀丁の銀座だから〈大堀銀座〉。昔は三日町、八日町から海まで堀があったのでその名がついているのでしょう。明治から大正時代にかけてその堀にふたがかけられて現在に至ります。

玩具店〈ナガサワ〉のショーウィンドウには、欲しいものだらけ。特にクリスマス近くになると、それはもう。映画で、貧しい少年がオモチャ屋のウィンドウの中で走る機関車をじっと見ているシーンなんかがよくありますが、まさにあれです(笑)。
ナガサワに向かって右側には、龍崎果物店。龍崎経子さん(5組)の実家です。小学生当時の高級果物バナナが店頭にぶらさがっていました。1本60~70円したんじゃないかな。その並びの中川食堂。特製アイス最中(もなか)が最高でした。

交差点の左上の角は、もとは藤野食料品店。それがデパート〈丸藤〉そして〈藤崎〉気仙沼店となります。エレベーターはあったけれど、エスカレーターはなかった。気仙沼初のエスカレーター設置はその後開店した〈丸光〉(まるみつ)でした。

そんないろんな思い出のある〈大堀銀座〉も今や昔話になってしまいました。この写真を見て、あらためてそう思いました。
スポンサーサイト

テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 大堀銀座

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示