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悼 小野寺清雄さん

座礁した漁船の乗員を救助しようとして亡くなった水産高校生徒についての石碑が岩井崎にあります。潮吹き岩に向かっていくと右側ににあったはず。何度か碑文を読み、そうした若者がいたことは知っておりました。

11月26日の三陸新報に、その高校生、小野寺清雄さんの追悼法要がいとなまれるとの記事が掲載されていました。


追悼法要

三陸新報11月26日記事より


この記事のリードを引用させてもらいます。

1962(昭和37)年11月、気仙沼市岩井崎沖で座礁した漁船の乗組員を救助しようとした、気仙沼水産高校1年の小野寺清雄さん(当時16歳)が波にのまれ命を落とした。勇気ある行動は石碑に刻まれているが、事故から60年近くがたち、この出来事を知る人が少なくなった。小野寺さんの同級生有志が11月29日に追悼慰霊法要を企画。冥福を祈るとともに、後世に伝承する。(引用は以上)

記事によれば、事故は58年前の11月29日のこと。座礁したのは八戸市のイカ釣り船で15人が乗り組んでいたようです。小野寺清雄さんは、護岸工事のアルバイトをしていたほかの2人と小舟に乗って救助に向かいます。

一人はイカ釣り船に乗り移ったものの、小舟は小野寺さんら2人を乗せたまま大波を受けて転覆し海中に投げ出されました。小野寺さんは、翌日の30日に明戸浜にて遺体で見つかったとのこと。もうお一人は救助されたのでしょう。

11月29日の追悼法要は、昭和39年度の気仙沼水産高校(現 気仙沼向洋高校)卒業生でつくる実行委員会が企画したとのこと。

12月2日の三陸新報が、当日の様子を伝えてくれました。

法要記事

三陸新報12月2日記事の一部イメージ


記事によれば、29日当日、法要参列者は岩井崎に移動し、清雄さんをたたえる石碑の前で気仙沼水産高校の校歌を歌い、亡き同級生に思いを届けたそうです。

この記事では、清雄さんの妹、小野寺きよ子さん(71)の言葉を紹介しています。「58年たっても皆さんに支えていただきありがたい。母親思いで優しい兄だった。皆さんに思われ、亡くなった母も喜んでいると思う」と。

なお、12月1日には河北新報も、この追悼法要を報じています。

河北新報12月1日配信記事(配信終了)

12月1日の三陸新報には、この追悼慰霊法要実行委員会による御礼広告が掲載されていました。

御礼広告
三陸新報12月1日掲載広告

1日の河北新報記事に、実行委員長の小野寺次徳さんの言葉が紹介されていました。「長年の胸のつかえが取れ、清雄君に顔向けができそうだ。彼の崇高なスピリットを、後輩たちも語り継いでほしい」。

水産高校時代の同級生、小野寺次徳さんは73歳。水産高校1年生だった当時から58年という月日がたちました。妹さんの言葉はもちろんのことですが、この次徳さんの〈長年の胸のつかえが取れ〉という言葉も胸にしみます。

(12/4追記:岩井崎にある「小野寺清雄君をたたえる碑」の文章をつぎのブログで紹介しました。

12月4日ブログ「君をたたえる碑文」

 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 小野寺清雄 岩井崎

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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