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佐藤和彦君の訃報

先週、菊田裕美君からの連絡で、気仙沼小学校の同級生、佐藤和彦君が今年5月5日に亡くなったことを知りました。

裕美君は、和彦君の奥様からの喪中欠礼葉書でそれを知ったとのこと。

和彦君の実家は、気仙沼市南町の佐藤小児科でした。中学から仙台に移りました。高校も仙台だったと思います。大学は東京で医学部に進みましたが、実家の医院を継ぐことはせずに勤務医に。

宮城県の白石市の病院に勤務していると聞いたのは震災前のこと。仙台近辺の同級生らの同年会「KSS42」昭和42年中学卒業気仙沼・仙台三陸会の幹事のひとりでもありました。幹事会の写真に和彦君の姿を見て、小学校のときの記憶がよみがえりました。

和彦君は、白石市の大泉記念病院の内科医そして副院長として活躍していました。ネットで見つけた、宮城県蔵王町発行「広報ざおう」の健康PRページに、和彦君による〈健康一口メモ〉が掲載されています。


和彦君
「広報ざおう」より

和彦君は、ガンをわずらっていたと聞きました。医師ですから、日頃から注意して検査などもおこなっていたと思いますが、それでも病を避けられなかったということですね。上掲の画像、和彦君のプロフィール写真の下に〈健康が1番!〉とありました。これを佐藤和彦君からの言葉とすることにいたしましょう。

最後に、和彦君の思い出を記した2011年のブログを再掲します。


◎医者の息子たち

2011年8月17日ブログ再掲

今朝のテレビで、小学生の夏休み研究について取り上げていました。やりましたね、私たちも。

気仙沼小学校5年か6年のとき、夏休みの研究で優秀だった生徒の発表会が屋体(おくたい)で行われました。

発表者のひとりが佐藤和彦君。実家は南町の佐藤小児科です。発表テーマは植物栽培で水やりの水をいろいろ替えて、成長の違いを観察するというもの。私の記憶ではこうです。

植物はアサガオ。水やりは、真水、食塩水、砂糖水、酢。そしてなんと、「小便」。

いやあ驚きました。「おしっこ」でもなく「お小水」でもなく、「小便」。「尿」でもなかった。みんな笑ったんじゃないかな。カズヒコが〈ショウベン〉とか言ってるよって。

しかしそんなガキどもの笑いを気にもとめず、和彦君は成長の違いを線グラフに示しながら発表を続けました。

私は、その「小便」という言葉に、なにか〈研究っぽさ〉というか〈専門用語〉的なにおいをかいだような気がしました。やっぱ、医者の息子は違うなと。

南町の隣、魚町には佐々木小児科の佐々木隆(字があってるかな)君もいました。角星のならび田中砂糖屋の隣にあった病院の脇には、いつもフォルクスワーゲンがとめてありました。みんな「外車」と呼んでましたね。あいづはドイヅのクルマだべ。

そしてたまにドアから出てくるコリー犬。それを見て私たちは言います。「ラッシーだ、ラッシーだ」って。「名犬ラッシー」。なんか思い出すだけで恥ずかしい(笑)。

そんなふたり、カズヒコもタカシも、中学から仙台の学校に行ってしまったので少し縁遠くなりましたね。元気にやっているでしょうか。

魚町や南町がまだ、あの魚町、南町であったときの思い出です。

再掲内容は以上。

和彦君は68か69歳でした。まだまだ医師として活動できたはず。残念です。

佐藤和彦君のご冥福を心よりお祈りいたします。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 佐藤和彦

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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