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気仙沼市の「分校」

きのうのブログで紹介した旧落合小学校太田季節分校は、昭和30年代に9年間だけ開設された市内唯一の季節分校でした。

11月18日ブログ「太田季節分校OG」

〈分校〉と聞いてすぐに連想するのは、私が気仙沼小学校に通っていたころにあった〈九条分校〉ですが、その成り立ちなど詳しいことはなにも知りません。ということで、気仙沼市史第6巻「教育・文化」編を調べてみました。

p194にありました。教育編 第4章第1節「小学校教育」のなかの「分校の独立と新設校」。


市史教育
気仙沼市史第6巻「教育・文化」編より


分校関連の記述を引用します。

〈 新学制発足当時、気仙沼地方には5つの分校があった。九条・落合・白山・浦島・水梨の分校である。これらの分校は明治学制以来、児童数僅少のため分教場・分校と呼ばれ、通学も3年生ぐらいまででそれ以降は遠距離通学で本校に行って学習するという不便があった。分校での生活を九条小学校の記念誌『銀の雲』に次のように寄せている。

(略:九条 小山正明さんの寄稿文「九条分教場時代の思い出」の引用は略させていただきます)

終戦後、児童数の増加により、これらの分校は独立校としての条件を満たすようになり、逐次独立していくのである。まず、昭和22年7月26日に、落合分校が落合小学校として独立し、9月1日に開校式をあげた。25年4月1日に浦島小学校、27年4月1日に水梨小学校、28年4月1日、白山小学校がそれぞれ独立校として開校した。九条分校も39年、市議会で学校設置が議決され4月1日、九条小学校となり市内には分校がなくなった。〉(後略)引用は以上

市史の記述はこの後、児童数3000人を越える〈マンモス校〉であった気仙沼小学校における第2小学校建設計画について記しています。この小学校が昭和42年4月12日に児童数710名、18学級で開校した「南気仙沼小学校」です。これが気仙沼市における最初の新設校だったそうです。次いで、昭和59年4月1日には、面瀬小学校が開校しています。児童数516名、24学級。

市史の「分校の独立と新設校」の項は、つぎの記述で終わっています。「新設校の設置とともに、児童数が減少傾向となり、市内各校は概ね適正規模となっていった。」

分校の独立や新設校の開校といった当時の話。少子化の影響で小中学校の統合が避けられない今となっては、若い人などにはちょっと想像しにくいかもしれませんね。

いまの状況を新たな市史に記すとすれば、見出しは「小中学校の統合と閉校」でしょうか。

なお、気仙沼市史第6巻の発行は平成4年/1992年2月。紹介した教育編 第4章「昭和時代の教育」第1節「小学校教育」の執筆者は大島郷土史研究で知られる千葉勝衛さんです。千葉さんは、今年7月30日に死去されました。つぎのブログで水上忠夫さんによる追悼文を紹介しております。

9月25日ブログ「千葉勝衛氏追悼文」

 
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テーマ : 気仙沼
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tag : 分校

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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