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五輪聖火ランナー

2020東京五輪の聖火ランナーに、気仙沼の千田健一さんが内定したと河北新報が伝えています。千田健一さんは、1980年のモスクワ五輪のフェンシング日本代表に選ばれながらも、日本の参加ボイコットで出場がかないませんでした。同大会「幻の日本代表」のおひとりです。現在は、気仙沼市体育協会事務局長をつとめています。


千田健一さん

河北新報12月13日配信記事の一部イメージ


河北新報の記事によれば、鼎が浦高校(現気仙沼高校)でフェンシングの指導を始めたのは1982年のことだったといいます。そして、2004年のアテネから3大会出場した菅原智恵子さんや2008年北京から2大会連続出場し、ロンドン団体銀メダルの長男健太さんを育てました。

2011年の震災時には気仙沼高校の教頭をつとめていました。何人かの教え子が犠牲になり、そのなかには鼎が浦高で全国大会を制したメンバーの1人も含まれていたそうです。

千田健一さんには、関東気仙沼高校同窓会で気仙沼向洋高校との合同懇親会で何度かお目にかかりました。当時は、向洋高校の校長で来賓として出席されていました。

私たちが座るテーブル近くにいらしたときにお声がけしたことがあります。フェンシングをやっていた同級生の名を何人か告げてその仲間ですと伝えると、とてもなつかしそうにしていました。

2015年5月22日ブログ「気仙沼/剣の源流」で、若いころの千田健一さんがうつる写真を紹介したことがあります。『気仙沼市史 補遺編/スポーツ・芸術編』における「フェンシング競技」に関する記述中の次の写真です。


鼎フェンシング部


平成8年度といいますから1996年度。23年前の写真です。右端が千田健一先生、左端は当時はすでに引退されていたようですが佐藤美代子先生です。ここにうつる鼎が浦高校の生徒たちも今は40歳前後でしょうか。

2020年の聖火リレー。千田健一さんから指導を受けた多くのフェンサーたちが、聖火ランナー千田先生に声援と拍手をおくることでしょう。

2015年5月22日ブログ「気仙沼/剣の源流」
 
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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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