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追悼 和田誠さん

10月16日の読売新聞朝刊に、イラストレーターやエッセイストなどとして活躍している南 伸坊(みなみしんぼう)さんの和田誠さん追悼の文章が掲載されていました。主要紙の和田さん訃報記事にちょっと物足りなさを感じていた私は、南さんの文章を読み、なにかホッとした気分をおぼえました。追悼しつつ和田さんの(言葉はちょっと固いのですが)功績をしっかりと記してくれていると。


追悼

読売新聞10月16日朝刊記事の一部イメージ


南さんは、〈日本のイラストレーションの父、和田誠さんが亡くなった〉と文章を始めます。そしてつぎのように続けます。〈1964年、三人の若手デザイナー、宇野亞喜良、横尾忠則、和田誠が立ち上がって、東京イラストレーターズ・クラブを設立した〉〈そして1965年、雑誌『話の特集』が創刊されるや、無給のアートディレクター兼副編集長となった和田さんは、まったく新しい雑誌作法を創り出したのだ〉

南伸坊さんは、1947年6月生まれということなので、私たちより学年でいうと4つ上ですが、高校生のときにこの雑誌を手にしたといいます。〈自分たちのための雑誌。夢にも見ていなかった現実が出現したくらいによろこんだ〉。

私も高校2年生のころだと思いますが、気仙沼の文信堂書店で『話の特集』を見つけて、それ以来ずっと読み続けました。大学生になってからは神保町や高田馬場の古書店などで古い号を買ったりして、創刊から15号ぐらいまでは手に入らなかったものの300冊以上が手元にありました。

表紙は横尾忠則さん、グラビアが篠山紀信さんと立木義浩さん。南さんは〈横尾さんでさえ、世間的にはまだ無名だったのだ。が、広告業界ではそれぞれが大立者だったはずだ。デザインや写真の分野では一線で活躍する人々も、一般の雑誌には進出していない。それらのキラビヤカな才能を、一挙にあつめて、無給のアートディレクターは、めざした「新しい雑誌」を創出した〉と。

和田さんの最大の〈功績〉はそこにある思います。南さんは追悼文をつぎのように結んでいます。〈そんなに売れ行きもよくなかった『話の特集』の読者に蒔(ま)かれた種は一気に広がったのだった〉。

まさにこれ。〈蒔かれた種〉。私が、東北ツリーハウス観光協会/100 TREE HOUSEのロゴに見いだすビジョンのひとつは、蒔かれた種が育ち、枝を伸ばし、幸せな暮らしが営まれているであろう小さな家を支えているというものです。枝が描く同心の円弧は外への広がりも感じさせます。




ほぼ日「100のツリーハウス」サイト


南伸坊さんの追悼文のタイトルは〈「新しい絵」 世にまいた種〉。〈新しい絵〉には〈新しい世界〉との意も感じます。

和田誠さんを追悼するにふさわしいすばらしい文章です。南伸坊さん、ありがとうございました。

10月14日ブログ「和田誠さんに感謝」
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 和田誠 南伸坊 話の特集

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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