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同級生の震災記録

一昨日のブログで、気仙沼市「東日本大震災 災害対応記録集」に同級生/気中20回生3人の文章が掲載されていることをお伝えしました。本日は、その文章内容を画像で紹介します。①林(奥玉)小春さん(3年2組)、②小山謙一君(9組)、③臼井真人君(2組)の順に。役職は震災時のもの。(画像クリックで拡大します)


①林小春「中央公民館屋上で園児とともに救助を待つ」
(保険福祉部 社会福祉事務所一景島保育所 所長)
小春

②小山謙一「授業再開、心を鬼にして教室を空けてもらった」
(教育委員会 教育次長)
小山

③臼井真人「被災したまちの被災した議長として、被災した仲間の声に応えたい」
(気仙沼市議会 議長)
真人

各人の文章は以上です。

一昨日の午後、小春さんにこの記録集の原稿作成手順について聞いてみました。彼女の話では、3年前だったか市役所で三菱UFJリサーチ&コンサルティングの方のヒアリングを受け、当時のことをいろいろと話したそうです。その内容が記録原稿としてできあがり、それに対しての修正や加筆などを繰り返して、今回の記録集の文章になっているとのこと。謙一君や真人君の文章も同様の手順ではないかと。

小春さんは、震災から8年以上がたち、当時のことで思い出せないこと、忘れてしまったこともあるといいます。それだけにこうして文字として記録しておくことが大切であるとも。私も久しぶりに震災体験談を読んだような気がします。そして、同級生の語るそれぞれの話に感ずるところがいろいろとあったのです。

燃える火が迫る中央公民館で保育園児らと二晩を過ごした小春さんの話。何度も聞いたり読んだりしたことなのですが、あらためてそのときの気持ちがどんなだったろうかと想像せずにはいられません。そして謙一君の文章のなかには、震災の二日前に病院に入院したお母様が震災10日後になくなったことも記してありました。〈もっと大変な患者さんがいるから延命治療はしない〉と医師から申し渡されたと。そして2回しか見舞いにいけないうちに。真人君は、中央公民館に避難した家族が〈もうだめだ〉と思ったこともあったようです。公民館のあたりはオイルについた火で一面火の海でしたから。

そうした〈私〉の心情なども語られているのですが、この記録集はあくまでもどのように災害に対応したかについて記すこと。その視点から3人の文章には、それぞれに課された〈公〉の役割をどのように果たそうとしたのかがしっかりと記録されています。本当に大変だったと思う。

記録集におさめられている文章は365人分。1日に1人分を読んでも1年かかってしまいますが、せめて同級生3人分ぐらいはと思いご紹介しました。時間のあるときにでもお読みいただければと。

8月20日ブログ「災害対応記録集」
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 災害対応記録集

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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