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猪瀬さんに感謝

昨日は、「3月11日からのヒカリ」も無事に終了しなによりでした。関係者の皆さん、ご苦労さまでした。そしてありがとうございました。

私は、静かに一日を過ごそうと思いながらも、テレビの特集番組を見つつ、録画しつつ、チェックしつつといった、なにか慌ただしい一日でした。そんな中で強く印象に残ったひとつが、午後6時すぎからのテレビ朝日系列「つながろう!ニッポン 第4部〈レンズが震えた ! 311映像の証言〉」。

気仙沼大島での米軍の皆さんによる救援活動〈トモダチ作戦〉も大変印象深いものでした。そして〈ツイッターが救った気仙沼中央公民館の400人〉には、関係者の証言映像などもあり、あらためて驚かされました。

その〈奇跡的な救出劇〉を、昨日の番組内容に震災後の新聞報道などを加えてまとめてみました。

11日の地震後、気仙沼市潮見町の気仙沼市立中央公民館には近くの保育所に通う幼い子ら71人を含む約450人が避難しました。その後の津波で3階建ての公民館は2階天井付近まで水没して完全に孤立。そして気仙沼湾に流れ出た重油が燃えてその炎は海面のがれきに燃え移り、公民館を取り囲みます。おそろしい風景です。死を覚悟した人も多かったといいます。そのひとり、市の心身障害児施設「マザーズホーム」の園長内海直子さんは11日の夕方に携帯電話で家族にメールを送ります。
「公民館の屋根 げんき」その後「火の海 ダメかも がんばる」

そのメールを読んだロンドンに住む長男のアクセサリーデザイナー直仁さんは、日本時間午後9時に投稿サイト「ツイッター」に救助を求めるメッセージを書き込みます。
「障害児童施設の園長である私の母が子供たち10数人と一緒に避難先の気仙沼中央公民館の3階にまだ取り残されています。外は津波で浸水し地上からは近寄れない模様。空から救助が可能であれば子ども達だけでも助けてあげられませんか」

そのメッセージがほかのツイッター利用者を介して作家であり東京都副知事でもある猪瀬直樹さんに伝わります。猪瀬さんはすぐに東京消防庁防災部長を呼び、救助に向かうよう指示します。そして、東京消防庁のヘリコプターが中央公民館上空にその姿を現したのは、12日午前9時40分のことでした。
途中から自衛隊のヘリも応援に加わり、この日は重病人と高齢者、子どもなど約50人を収容。残った約400人は2度目の夜を迎えました。そして13日午後1時に最後のヘリが現場を飛び立ちます。こうして、歩いて脱出した人も含め、446人全員が無事に生還を果たしたのです。

番組を見て、組織の力を活かすリーダーシップの大切さをあらためて知らされました。東京消防庁の方々には、鹿折地区での救助活動をはじめ、気仙沼支援に大変なご尽力をいただきました。猪瀬さん、そして東京消防庁はじめ関係者の皆様、本当にありがとうございました。心から御礼申し上げます。

最後になりましたが、100m離れた公民館に幼い子ら71人を率いて避難した一景島保育所の林(奥玉)小春所長は私たちの同級生。気中3年2組です。

小春ちゃん、本当に頑張りましたね。みんなで拍手。

河北新報2011年6月20日配信内容転載サイト

◎その後の関連ブログ

2015年1月23日ブログ 猪瀬さんの「救出」
2022年3月3日ブログ「石原知事と気仙沼」
 
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼気中20猪瀬直樹東京消防庁3月11日からのヒカリ

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No title

昨日は光プロジェクトを見に行きました。
ただ、柏崎からは二本しか見えず、海岸に出かけたら、隆市君に会いました。
私がいた場所では3本は見えなかったようです。
今日テレビで見たらきれいに三本光っていました。

「つながろう!ニッポン 第4部」は録画したまままだ見てはいないのですが、なるべく早く見ようと思います。
ツイッタ―といえば、震災の日、私は避難先の松岩の同僚の家でラジオを一晩中聞いていました。
その放送の中で気仙沼市にも災害用?のツイッタ―があったんですね。
公民館に避難している保育所の人(多分小春ちゃんかな?)から子供たちと公民館にいるというのを聞きました。
その時から自分の身を守るだけでも大変な時に小さな子どもたちを抱えてどんなに大変だったろうと思っていました。
その後、私の孫も内の脇保育所で小春ちゃんのお世話になりました。
小春ちゃんには本当に感謝しています。

No title

小田君 ありがとう
そして同級生の皆さん、たくさんの支援を頂き心から感謝です。

あの悪夢から一年が過ぎました。
今現在、元気でいられるのも多く皆さんの支えがあったからこそと思います。
あの日、中央公民館でのことは正に奇跡でした。地震、津波、火災と襲いかかる猛威に生きる術を失ったのも確かです。
しかしながら、私には71名の子ども達を守らなければと使命がありました。どうしてもこの尊い命を救いたいの一念であの極限状態を乗り越えることができました。三日目、ヘリコプターで母校の気仙沼小学校の校庭に降り立ったあの土の感触は一生忘れることが出来ないでしょう。
同級生の皆様にはどんなに励まされ、希望を失わず生きる力を頂き、とても嬉しいです。
これから気仙沼は復旧復興の正念場に向かいます。どうか気仙沼をこれまで以上に応援してください。
明日、副知事の猪瀬さんに御礼に参ります。

小春さんへ

小春ちゃん。ありがとう。多くの人に読んでもらいたいので、明日のブログにコメントを転載させてもらいます。猪瀬さんを御礼でたずねるとのこと。猪瀬さんや東京消防庁の皆様には本当に助けてもらいましたね。お礼を申し上げる機会がなかなかないので、気仙沼のみんなの感謝の気持ちを是非伝えてもらえればと。
プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/70~71歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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